‘うつ病’ カテゴリーのアーカイブ

<<うつ病>>うつ病者と医師と心理士8

2008 年 5 月 7 日 水曜日

  少し繰り返して、伝えます。

{うつ病者}は、多くの場合で、不眠があり、頭痛や頭痛などで思考力が鈍っている場合では、やはり、うつ病の薬を必要とします。

うつ病で、やや重症に近くなって来ると、どんなに心理療法が素晴らしくても、先ずは、薬の内服薬が必要です。

 

 唯、唯、何度でも、皆さんに伝えます。

薬だけでうつ病者の治療をする事は、そろそろ方向転換するべきだろうと案じている{私は、一人の医師&心理士}です。

もう随分と長期間も、同じ事を繰り返したまま、当方は医師&心理士として日常生活の中で活動しています。

 一方で、医師の投薬の下で、投薬を受けながら<うつ病者の治療をしている>と、最終的にはうつ病者は人間の一人として賢くならない、偉くならないですよ。

{人生とは、何か??}、{自己とは、何か??}、{自分の存在とは、何か??}、などなどを勉強しなければなりません。

 

 そう、人間は、此の世に誕生した以上は、宿命・運命・天命を背負って生きるのです。

この自分の命、誰かと<命を交換する訳には>いかないですよ。

そう{人生とは、何か・・・!!!}を悟った方が、人生を気楽に生きる事ができます。

  悩まない人、何も悩まない人・・・、どんな事柄が有っても悩まない人になれれば、{うつ病者}には、なりません。

薬だけで治療すると、考え方、人生の生き方、自分の頭の能力や力量を知らないままで、生きる事になりますよ。

 

 うつ病になった<切っ掛け>を勉強するというよりも、うつ病になった<自分の心の弱さ>を知ること、<自分の心の生い立ち>、<自分の心の中の深い深い心>を知る事、<自分の心・人格を>知る事です。

これは、やはり、自分の幼い時から、自分の悲しかったり、傷ついた心、悲観したり、嘆いたり、僻んだり、恨んだり、憎んだり、嫉妬、妬み、などなどのマイナスの心を探求しておく事なのです。

 自分の心の中に、マイナスの心が無ければ、或いは、自分の過去のストレスを消去しておけば、うつ病なんかなりません。

また、自分の<愚かさ>、<馬鹿さ>、<僻み根性>などを知った上で、そんな自分の心を反転さえ出来れば、良いだけなのです。

 

 「うつ病者と自殺」の問題が、最近は凄く取り上げられます。

厚生労働省や精神科医や心療内科医なども、決して、心の治療には<取り組みません>ね。

医師が<心に関わると>充分な保険点数がありませんので、医師は薬だけ投薬する方が良いし、心の勉強をしたくありませんから悲しいです。

<<うつ病>>うつ病者と医師と心理士7

2008 年 5 月 2 日 金曜日

  <<方便>>って、<<嘘も方便>>とは、使い易い言葉ですよね。

 人は、普通では、誰もが色々な考え方を持っています。

 だが、人間社会で悩まないで生きるには、如何なる考え方をしておけば、

 悩まない人になれるのでしょうか。

 

 世の中には、誰もが自分は正常だと思って、生きています。

自分勝手に、そう思っているだけですね。

一般的に見て、詳細に<沢山の人を観察している>と、誰もが自分は正常だと信じていますが、世の中には、誰一人として真実に正常な人は居ません。

心が健康だと言える{{正常者}}の定義なんて、とても出来ません。

誰もこの人は<<心が健康>>だと言える人は、いないのではありませんか。

無くて七癖、なんて言います。

この人は、素晴らしい人だと思っていても、よくよく、観察していますとね、沢山の癖を持っていますよ。

最初は気づかなくても、暫く見ていると、色々なものが見えて来ます。

勿論、観察する能力の無い人達には見えないでしょうが・・・・。

 

 そこで、精々、自分の人生を生きるのに、自分の傍にいる人達に対して<<あまり迷惑をかけていなければ、それで良い>>とするしかありません。

例えば、暴言、暴力、犯罪、異常会話、異常行動、諸々の問題を抱えて周囲に迷惑をかけていない事なのでしょう。

要するに、法律とか条令とか、守るべきものは規則に従うことです。

ですが、法律に触れなければ、人は何をしても良い訳ではありません。

この辺りが、誰にも判断が難しいものではあります。

本当に、難しいでしょう。

唯、唯、唯、それなりに働いて幾らかの金銭を稼いでいる、生きる事に金銭的にも収入と支出のバランスが、どうであるかでもありましょう。

社会適応って、簡単のようですが、その社会適応の出来ない人達が沢山と見られるから、人間社会の全体像も、<歪>になって来ます。

日頃から、優越感や劣等感などが、頭の中で交錯しながら生きているのが、人間でしょう。

 

{心理士}となれば、可能であれば、悩める人達を<<嘘も方便>>などと考えないで、人間個人が自立して人間社会で生きていけるように、してあげる事ではないでしょうか。

{心理士}は、心の癒しを出来なければいけませんが、<<方便>>、<<お呪い>>、<<儀式>>、<<先祖供養>>、<<霊>>、<<星占い>>、<<お手相>>、<<面相>>など、そんな事柄は行なって欲しくないですし、誘ってはならないと考えますね。

自分に降りかかった、宿命・運命・天命などなど、自分で背負える人になって欲しいです。

 

 真剣に生きるためには、一度でも「心理療法」の体験が必要です。

<<うつ病>>うつ病者と医師と心理士6

2008 年 5 月 1 日 木曜日

  <<方便?>>って、ある意味では、都合の良い言葉ですね。

また、<<方便>>なる言葉が必要なところが、人間の心の弱さを示しているのでしょう。

 {{方便}}とは、手段でもあり、方法でもあるでしょう。

そこには、本当の自分を教えてあげて、自分の実力や力量でもって生きて行くと、いった事よりも・・・・・、宗教での<<洗脳>>が入って来ないか、<<方便>>によって、逆に、人が本当の自分の心を切磋琢磨する事を、抑制させる可能性もあると思われます。

 

 人って、本当に随分と人間の存在とか人間の実在とか人間の一生などについても、しっかりと勉強しておかないと、人間世界で生まれて~~自分の一生を終わるまでには、何処かの生きる過程ですが、時折には<<人生の迷路>>に入り込むものでしょう。

  人の心って、弱いですよ。

皆が誰もが、他者に対して、自分を良く見せたい、良く思われたい、自分は他者よりも秀でている、何時も優越感で生きていたい、何時も褒められていたい、などなどと自分の心の中に、思い込んでいます。

人間って、自分以外の他者と比較して生きるし、常に、自分が優位の立場でないと、嘆き悲しんでいる場合が多いです。

あまり比較にとらわられずに、自分の考えで自分の人生を生きる事、自分の人生だから自分の個人の意志で、自分の生き様を決定するのが<最良>だと、信じています。

 

 <<方便>>、嘘も<<方便>>の言葉もありますが、凄い言葉だと思います。

人の悩める心を救うために、<<方便>>が使われます。

非科学的な事柄を、真実の事柄に見立てて、教え込んで行きます。

洗脳されてしまえば、真実に存在していないものも、真実にある、なんて錯覚なのですが、とにかく、{{真実}}だと思い始めると、もう、人間の心にはブレ―キがかかりません。

 

 人間個人が、人生を悟りながら生きるのが最大であり、例え話しなんて、要りません。

先ずは、人間として生まれた以上、必ず、{死が、自分を待っている}という事ですね。

この事実を、体で体得できると、一番に良いのですが・・・、「無常観」ですよ。

「人は年老いて、必ず、滅する」と、何時も当方では、言っています。

日頃から、何時も<話題>にしますが、そんな事柄は耳で聞かなくても、当然に分かっていると言われます。

誰もが、言葉では理解しますが、体で理解できないし、要するに、{{悟り}}を体得できないのです。

 

 {生}~{滅}・・・この命の過程で、悩まないで生きる事なのです。

己の自分の真実の「「心」」、自分の実力と力量を客観的に知れば、そこから自分で努力しなくては人生が本当に駄目になる事実が分かってくる筈です。

 

 <<方便>>に納得するのではなくて、真実の{自分}の心で生きましょう。

 <嘘>、<偽善>、どんな自分かを体得しましょう。

<<うつ病>>うつ病者と医師と心理士5

2008 年 4 月 30 日 水曜日

 {心理士}って何、一体に{何}だろう。

定義は、さておいて、{心理士}と呼ばれる以上は、少しくらいは<悩める人に対して、役立つ人であって>欲しいと考えるのであるが、如何であろうか・・・。

 

 当方、悩める人に対して役立つのは宗教家だけでないだろうと,考えています。

宗教では、人の心を癒すのにも、<<方便>>と言われているように、<<方便>>が必要になって来るでしょう。

しかしながら、心理士の立場上では、あまり<<方便>>を使用しない方が良いのではないだろうか。

<<方便>>、当方は本当に、この言葉は充分すぎるくらいに理解できるのですが、一般庶民には、<<方便>>の言葉の意味さえ知らないのでしょう。

 

 <<方便>>、<<方便>>、当方では、立派な言葉だと感じます。

だが、心理士である以上は、<<方便>>が立派に役立つなどと言わないで、人の心を真面目に素直に理解して、迷える道から~~社会でも一人立ちできるようにしてあげたいものです。

もっとも、遺伝子的に人間の能力の限界が有る場合も、有るでありましょうから、こんな場合は別件としておかねばならないでしょう。

 

 人間社会を生きる事、悩まず、苦しまず、嘆かないで、人間生活を送る事が出来れば充分ではないでしょうか。

でも、悩まない、苦しまないだけではなく、人の社会に適応できないと駄目ですね。

フリーター、ニ―トなどと、昨今では言われますが、自分が一人で悩んでいないと自己主張しても、全体的に人間社会の仕組みから考えて、それなりに役割&仕事などをする事です。

この役割意識を持って、人間社会を生きる事が重要ですが、全く自分の立場を理解しないまま生きるのは、大変でしょう。

{心理士}は、世の中の人達、悩める人達、或いは、自分が悩まないと言っても社会適応できない人達が居れば、そんな人達のために役立つ人であって欲しいです。

 

 今は、うつ病の話をしていますが、{うつ病者}が格別に大変なのは、他者の意見を全くと<受け入れない>事です。

他者の意見や助言を聞いて耳に入れる人は、多分、うつ病にはならないでしょう。

{うつ病者}だけでなく、{神経症者}や{心身症者}も同じく、他者の意見を聞きません。

究極的に見れば、人間って、他者の意見や考え方を<頭に入れて>人間社会を悩まずに生きてゆこうなんて考える人達は、非常に少ないです。

 {うつ病者}の話ですから、{うつ病者}が居れば、傍にいる人達がどれほど注意して<<彼らに役立つ>>か、どうかですが、大変に難しいでしょう。

出来るだけ、彼らから話しを引き出して、「心理療法」を受けに連れて行く事です。

 

 {心理士}は、<方便>なく、悩める人に役立つ人であって欲しいです。

<<うつ病>>うつ病者と医師と心理士4

2008 年 4 月 28 日 月曜日

 うつ病者は、<人生とは、何か???>などと、考えないし、勉強しようとしません。

この事については、皆、一般社会の人達も同じなのでしょが・・・・。

 

 大抵の人が、元気な時は、全く自分の心に気づかないままで生活をしています。

気分的に<落ち込んだ場合>になってしまうと、自分は悲しい駄目な人間なのだと、自分について卑下するだけとなります。

自分が駄目人間だと、自分について考えるのが愚かな考え方なのです。

 しかし、一般的な考え方では、誰も人は<<自己中心的な生き方>>で生きるし、自分が一番に大切だと思っていますね。

例外的な人も、居ますけれどね。

自分も大事ですが、自分以外の人達も、地球上では皆が大切な人間なのです。

とは言え、自分の生活が出来ないのに、他者に<<生活の糧>>を施すことは不可能です。

 

 面白いのは!!! うつ病者は<<誰も皆が原因が同じ>ではありません。

お金持ちの人でも、なります。

貧乏な人でも、なります。

地位や名誉の有る人達でも、なります。

逆に、貧乏していても、うつ病にならない人達は、沢山と見られます。

うつ病者は、常に、自分を主観的に見ます。

仮に、他者を見ていても、他者と自分を比較して、自分が劣っているように感じたりです。

 {{自分を他者と比較して、劣っていても}}いいのです。

唯、唯、唯、{{自分が劣っている事について・・・}}我慢できないのです。

現実に、{ {劣っているのであれば、その現実を認める} }事さえ納得できれば、良いだけですよ。

そうか、劣っているから、今後は自分が努力するべきだと、自覚できれば良いのですね・・・・。

 

 そうですね、うつ病者の心の世界を見ていて、当方が嘆くのは、一切の{助言}とか{注意}とかを、受け入れません。

簡単に言えば、やはり、心・性格・人格の問題になるでしょう。

そこで、うつ病者の治療にあたっては、彼らの心・人格を良好な方向へと<<変革してあげる>>事ですね。

 医師は、心の{カラクリ}を勉強していないし、心理士は{薬の投薬}が出来ません。

根本的には、うつ病者は<<内服をした上で、心の治療を必ず受ける>という事が、最大に重要です。

{心}、{心}、{心}、そうなのだと、皆さんに伝えておきますよ・・・。

 

 自分の心を調べて、本当の自分の心を知る事だけです。「内観」ですよ。