<<家族・親子>>自由な生き方2、親を超える

  「親の因果が、子に報い」、「三つ子の魂、百まで」など、有名な言葉ですね。
確かに、人は育つ過程で、親が子供を育てる時に、子供が大人になった時に困らないようにと{伝える言葉}があります。
  親は、悪気があって子供に伝える訳ではありません。
子供が成長して、人間社会を生きるのに苦労をしないようにと懸命に教え込もうとするのです。

  親の考えを、子供に植え込もうとするのです。
子供の深い心の底(潜在衣意識や無意識と言っても良いです)に、親の考え方が深く入り込んでいくのです。
子供は、自分で自由に「会話」「行動」「心」などを動かしているように見えても・・・・・、
子供の背後には親の心(親から植え込まれた心、{超自我}とも言います)が張り付いています。

  この親の{超自我}から解放されないと、子供の本当の心の自由は無いでしょう。
親から教え込まれた心が、子供が人間社会・俗世間を生きるのに、全てが役立つかと言えば、必ずしもそうはいかないものです。
子供の心の動きを束縛して、身動きできない状況を作り出す場合が結構と多いですね。

  幼い子供は、人間社会が見えていません。
成長する段階・段階で、子供の心の世界があるものです。
  親は親で、自分が大人へと育ち、人間社会で生きるのに苦労を感じて、子供の心を心配するものです。
  全く反対に、親が子供を放任したまま子育てを考えないケースもあります。
子育てを放任する親達は、自分の両親に{怨念}を抱えており、子供の成長を考えずに生きるのです。子供が、成長過程で悩んだり苦しんだりしても、一向に本気で子供の世話をすることを考えません。

  人間社会を、しっかりとみていると、人間の生涯とは、様々で異なるのは当たり前で、100人100色、1000人1000色です。 皆の心が、皆違うのです。
個人的に精神成長をしようと考えれば、その道の人の支援を受けて、心理療法を受けるのがベストです。
  「生みの親を超える」「親の心を超える」このことが最重要です。
  超自我を超える事なのです。親の考え方を知り尽くす事という意味ですね。

  何故に、親は自分をこんな具合に育てたのか、親の心を探求して親の心の底を見抜くことなのです。
しかし、親の心を見抜くには、先に、自分の心の底の心(潜在意識と無意識)の世界を旅しておかないと無理ですね。
  自分の心の底に動いている心をすべて知り尽くすと、親の心も見えるものです。
親の心、親の子育ての心、子育てをしなかった心まで見えると・・・・・、
そんな親の心・子育ての心を許して あげる事が出来ます。
これが、親の心へ子供の方から{歩み寄る}ことなのです。

  親の心への「和解」、ここで親の「恩」を感じるでしょう。
  自分を上手に育てなかった親に対しても「恩」を感じ取ることが出来るでしょう。
  「超自我」からの、解放です。人生を生きるのに、気楽ですね。
  「親の恩」を感じる、でも子供へ「親の恩」を押し付けないことです。