<<病気の症状>>不眠症(2)

2011 年 3 月 22 日

 体力的に、無理の状態が長期間に渡って、{うつ病}になったりもしますが・・。

先述したように、皆の全員が{うつ病}になりませんから、心の問題も絡んでいるのです。

与えられた仕事、そして、時間外労働にしても、その人が現況を見て<当然の事>だと感じて仕事をしているか、どうかの問題です。

 これは、ここまで考えると、完全に人の心・人格の問題が大きく作用しています。

一般的には、「「性格」」と言った方が理解し易いかも知れませんが・・・。

厳密に学問的には、「「人格」」なる言葉を使います。

自分の心の自己防衛反応の崩壊が、色々様々な病気となって顕現されて来ます。

 

 人は、殆ど全ての人が漠然と自分の人生を生きています。

誰もが皆、自分の心で常日頃から、自分の人生と人生哲学を勉強している訳ではありません。

人生の目的を持っていると、豪語している人も居ますが、眼前の目的を持っているのが一般的でしょう。

 人生を生きながら、「「無常観」」までを悟っている人は非常に少ないです。

「無常観」→「無我」→「涅槃」までを、悟るのは非常に難しくて、大学の心理学の先生にも精神科医にも、なかなか悟れないでしょう。

ここまで悟ると、諸々の心の問題が目前に迫っても、平常心で対応できる筈です。

 

 何を話したかったかですが、悩みや苦しみの心を抱えると、不眠症にもなっていくと言いたかったのです。

睡眠について話をしていますが、病的な睡眠以外では、少しばかり長く時間を取って寝ても良いでしょう。

睡眠障害で、ナルコレプシ―と言う病気があり、昼間の睡眠発作ですが、これは他にも諸症状がありますので、よく観察できれば診断はつくでしょう。

不眠と反対の症状でもありますが・・・。

 

 面白いのは、多くの人達が人生の目的をしっかりと固めないで生活をしている事です。

目的を持っていると言っても、眼前の目的のみであって、真実なり人生設計の元に構築した目的では、ありませんよ。

ゴルフが面白かった、野球が面白かった、音楽が面白かった、踊りが面白かった、スポーツや音楽や芸術や政治や経済に従事している人達は、自分達で楽しんで喜んでいる積もりですよ。

 ですが、この方達が皆が幸せかと言えば、そうでもないでしょう。

どんな世界でも、人間は一人で生きる事なんてありません。

何らかの集団で生活をしていますと、側の人達の評価を受けています。

褒められたい、賞賛を浴びたい、有名になりたい、地位が欲しい、財産が欲しい、などと考えると、心の葛藤のあまりに「不眠」となります。   

<<病気の症状>>不眠症(1)

2011 年 3 月 18 日

 此の世の生き物は、人間は勿論、他の全ての生きとし生ける生き物は、睡眠が必要です。

人間にとって、自分達が生きるためには<<必要な物>>は沢山とありますが、まず、睡眠から話を進めてみましょう。

 睡眠について、眠り過ぎも困るのですが・・・・。眠り過ぎて困る場合は、案外と少ないですね。

時折に、病的に眠くて昼間の普通の活動ができない場合もありますが・・・・。

 

 不眠:入眠障害と睡眠の維持の障害とに分けて、話をします。

    入眠障害で、悶々と悩む場合があります。

    入眠できるが、朝になるまでの途中で目覚めて眠れない、浅い眠りのまま朝まで悶々と時間を過ごす場合です。

  これには、中途覚醒と再入眠が困難の場合があります。

    眠ったものの、早朝に目覚めて眠れないまま悶々としています、早朝覚醒でしょう。

その他に、敢えて、説明してみますと・・・・。

④を入れてみますと、①・②・③の三つが、入り乱れている場合もあります。

眠れない、眠れない、などと訴えても、朝から目覚めて、日中に頭痛とか疲れやすいとか気持ちが苦しいとか悩みが多くて疲れる、などと訴えが無ければ、あまり心配する状況では無いでしょう。

 

 それでも、うつ病でない人達が、あまりにも、長期間にわたり<不眠>が続きますと、最後は、<うつ病>になってしまう場合もありますから、注意が必要です。

純粋な体の疼痛によって、不眠などが起こるのは当然ですから、こんな場合は<別に>しておきます。

 又、仕事、仕事、仕事、などで眠る時間が足りない場合もあります。

こんな状況では、日頃から健康であった人達でも{うつ病}になってしまいます。

こんな過酷な状況が続けば、誰もが皆が{うつ病}なるわけでもありません。

 

 例えばですね、こんな仕事においても、誰が見ても観察しても仕事の量と時間が、どんな人間にとっても無理の場合もあるでしょう。

そんな状況では、皆が辛い悲しい思いをしながら仕事をします。

  しかしながら、うつ病のみならず神経症や心身症などになってしまう人達は、皆の全員がなるのであれば、それは大問題ですが、極一部の人達が<病気になってしまう>のであれば、その人の心・人格の問題に関わってきます。

 その人の<病気になる心>が悪い場合も沢山とあります。

そう、仕事が多くて睡眠時間が足りないのもありますが、仕事に対する解釈・心構えの問題もあります。

最終的には、その人の人格水準の問題になってきます。

今回は、睡眠時間の不足で<うつ病>になると、言っておきました。

<<論考>>現在の{{こころ}}12

2011 年 3 月 17 日

 上記のように、人間の{{こころ}}について少し記載しましたが、誰も皆が精神医学界でも先達の言われた通りに考えており、納得しているようです。

 当方、長年月間にわたり「「心理療法」」を行なっていますが・・・、人間の{{こころ}}と言うか「「意識」」についての簡単な表現について、従来の考え方と少し変わった考え方が有るのではないかと感じております。

前回でも少し述べましたが、誕生後の{{こころ}}から、更に、幼少時~生徒~学生~成人まで、また、高齢期にまでなる毎に、それほど、の余分な{{こころ}}は重なって行きます。

 

 そんなに考えると、ピラミッドのように、頂上は小さいもの、小さい{{こころ}}ではないでしょう。

頂上は、大きな傘を広げたような{{こころ}}になって来る筈です。

そんな雨降りの中、いや、陽照りの中の日傘みたいなものです。

 そう、傘の開き方が上手に開いているか、歪に開いて壊れかけているか、そんな状況が人間の{{こころ}}と思われます。

当方が、随分と長い間にわたり、「「心理療法」」に関わってきましたが、どうしても、ピラミッドの頂点が「「顕在意識」」&「「現在意識」」とは言えず、そんな気持ちが致します。

 

 確かに、現在の{{こころ}}は、下層に「「無意識」」や「「潜在意識」」が有りますが、今の事、使っているのが「「顕在意識」」でしょうが、矢張り、当方は「「顕在意識」」&「「現在意識」」の方が、遥かに、大きな塊とも考えています。

大きな{{塊}}だけれども、人間が気づいていないだけでして、ピラミッドの逆三角形と言うのが本当でありましょう。

 今の[「顕在意識」]や「「現在意識」」は、過去の「「意識」」を含んだ「「意識」」であり、人間が歪な{{会話}}や{{行動}}をとろうとも、全てが、過去の{{こころ}}を担いでいますので、当方は、逆三角形だと言っているものです。

表現の「「仕方」」が有りますが、どちらが真実なるものかを考えると簡単に理解できるでしょう。

 

 現在の自分の「{{こころ}}が抱えているものは、誕生してから、ここでは、遺伝子や胎教の{{こころ}は省いておきましょう。

遺伝子に<<どのくらいのこころが有る>>のかと問われれば、誰も答えるのが困難でしょう。

 勿論、胎教には<<どのくらいのこころが含まれている>>のかも全然と理解できないでしょう。

胎児が母親の胎内に居る時に、抱えるストレスなんかも、人間には真実な理解は出来ません、ですけれどね。

とにかく、「「顕在意識」」の方が遥かに大きいのだと、論文を記載しました。

<<論考>>現在の{{こころ}}11

2011 年 3 月 15 日

 前回、「「顕在意識」」とか「「潜在意識」」とか「「無意識」」とか、などの{言葉}}がありますので、少しながら当方の考え方を話しておきました。

一方で、「「深層心理」」などの{{言葉}}がありますが、誰も、本当の真実なる意味を体で気づいている方達は居ないでしょう。

 普通は、ピラミッドのように、富士山のように、頂点が小さくて「「顕在意識」」だと言うのです。

或いは、何度も繰り返していますが、絶海孤島の「「小さな島」」が顕在意識だとも表現されています。

 

 当方は、そんな山のような頂上の小さなもの、孤島のようなものが、「「顕在意識」」だと言わなくても良いような気持ちが致します。

むしろ、反対の形で、「「顕在意識」」の方が遥かに大きな荷物、おおきな意識を抱えていると思っています。

 何故かですね、誕生時の意識は、それなりに、そこに到るまでの沢山の理解できない「「意識」」を抱えているのでしょうが、人間が育つ過程にて、更に、{{こころ}}を積み上げてゆくのですから、益々「「意識」」は重なって大きくなっています。

だから、どんな歪な{{こころ}}を抱えている方達であっても、「「顕在意識」」の方が遥かに大きいのです。

 

 当方は、フロイドやユングのような表現は{{間違い???}}の様な気持ちも致します。

これは、当方が、感じる気持ちです。

精神医学界にまで、持ち込む気持ちは全然と有りません。

しかしながら、個人的に{{こころ}}の世界を考えていますと、どうしても、「「顕在意識」」の方が遥かに比較できない程に、大きいみたいです。

 色々な考え方は出来るのですが、どうしても、現在の{{こころ}}は逆三角形になってきますし、頂上の方は遥かに巨大で大きくなっているのです。

人間の{{こころ}}の歪さには関係なく、上の方は大きいのです。

そうでしょう、誕生した時から色々様々な{{こころ}}を積み上げているかどうかでしょう。

 

 その積み上げ方によって、どんな人達も「「意識」」の上方は大きくて巨大なのですが、誰もが気づかないでしょう。

何故って、フロイドとユングの言った言葉に、精神医学界も同意したままの歳月、いや、長年月が流れています。

 分かり易い表現ですが、厳密に当方が熟慮していると、どうしても、二人の説明では納得できません。

理解し易い表現ではありますが、よくよく考えてみると、矢張り、違っているのです。

皆さんには、少し難しいでしょうが、まだまだ、説明を続けます。

<<論考>>現在の{{こころ}}10

2011 年 3 月 12 日

 海面に浮かぶ氷山であり、海面から覗いているのが、現在意識=顕在意識=今の現在の{{こころ}}と言われています。

また、絶海孤島の中の小さな島だと表現している人も居ます。

要するに、二人の心理学者は、人間の今の{{こころ}}は小さなものだと言っていますし、表現しています。

ですが、当方、厳密には違うと思うのです。人間の「「思い」」は沢山とあって巨大な{{こころ}}と考えています。

確かに、考え方しだいですがね。

 

 当方が、深く考えてみますと、逆三角形、逆ピラミッドのようになっています。

現在意識は、凄く大きいし巨大な{{こころ}}だと思います。

だから、海面に浮かぶ氷山の下方が「「顕在意識=現在意識」」でしょう。

絶海孤島は、小さいものであり、過去の無意識や潜在意識であり、島の下方の海底にまで広がった土地が現在意識と考えても良いのではないでしょうか。

感じ方や表現の仕方で、どんな風にでも考える事ができます、ね。

そう、「「無意識」」と「「潜在意識」」と「「顕在意識」」・・・「「深層心理」」など、どのような思考体系に持ってゆくかで、表現は違ってきます。

当方が感じるのは、{{誰も、こんな表現をした心理学者は見当たりません}}、顕在意識の方が、遥かに多きいと伝えておきます。

間違い有りません、ね。

唯、唯、世間の皆様方には、こんな{{こころ}}の見方は出来ないでしょうが、しっかりと熟慮しますと、顕在意識=現在意識は、巨大です。

 

 何故って、年齢が少なければ、考えた量も少ないですからね。

現在意識の底辺で居座っていますが、その量は小さいですからね。

年老いてからの事を考えてみても、その人の誕生から現在までの{{こころ}}は大変な量になりますが、今の現在の{{こころ}}は間違いなく、過去の<<積み上げ>>ですから、その量は莫大な大量の思考体系が沈んでいます。

悲しい事に、人間個人は{{こころ}}をあまりにも見つめないから、気づかないだけです。

きづかないと言っても、確かに、現在の{{こころ}}は自分の過去から操作されていますので、考えられない大量の思考が積み重なっています。

 

  大学の心理学教室でも、顕在意識は小さいと教えられるでしょうが、思考体系の仕方の一部ですからね。

どんなに考えても、人間は自分の{{過去に、こころのトリック}}を抱えているだけであり、現在の{{こころ}}は無量の過去の{{こころ}}が付き添っています。

誰も、考えた事がないでしょうね。

当方の新たな{{こころ}}の表現です。