<<心の世界>>我が儘 5

2009 年 8 月 4 日

 大学生か、或いは、就労の年齢か、その時期に入ります。

{{我が儘}}は、生い立ちから引き続いて、余程の<<心の切っ掛け>>が無いと変らないまま、続いていきます。

高校生くらいまでは、登校拒否などで、この表現で良いのでしょうが・・・、この年齢になりますと、また、大変な時期です。

学校にも行かずに、アパ―トの自宅に「引きこもり」か「ニ―ト」などで長年月が続いていく場合もあります。

そして、自分の心が{{我が儘}}と感じないのですから、人間の心って不思議ですよ。

 

 沢山の人達の中で、極少数の人が<<暫くの期間>>は何もしないで社会不適応の時を過ごします。年月を通して、自分の{意気地なさ}に気づいて、「切磋琢磨」の方向に向かう人達も居ます。

しかしながら、長年月にわたり、「心理療法」に関わっていますが、沢山の病院にかかったものの、心身症、神経症、うつ病、などが治らないと言われて<<当方>>に訪ねて来られる人達がいます。

人の心が、薬を飲むだけで<<変る>>筈はありません。

「善」か「悪」か、「勝ち」か「負け」か、「劣等感」か「優越感」か、「醜い」か「美しい」か、「損」か得」か、そのような判断の出来る人でなければならないし、また、其処から這い上がるには如何にすれば良いのかの「「策」」が重要です。

 

 良い宗教も悪い宗教も、世界中には数知れない程の沢山のものがあります。

所詮、人は、政治や経済や、国の行政の中で鉄格子の中に入れられたような生活をせざるを得ないのです。

そう、人は誕生した時から、此の世では<<鉄格子の中で生活>>をせざるを得ないのです。

唯、唯、誰もなかなか気づいていないです。

自分の思う通りに、此の世を生きていたいと考えても、{思うがままにならない}のが、此の世の「「定め」ですね。

 

 {{我が儘}な人は、此の世で自分の考えている通りにしたいと、常に思っています。

それ故、自分を生きる人生で、不満、不平、悲しみ、嘆き、怒り、恨み、寂しさ、孤独、劣等感、嘘、盗み、罪、など重ねてしまいます。

そんな罪深い事柄を自分で抱えていても、そんな自分を認めないのですから、人生がしんどいものとなるでしょう。

この考え方、青年時代と呼んでも良いでしょうが、しっかりと考えないと<<自分の生涯の人生>>で、心・性格・人格は変りません。

同じ人生を生きるならば、出来る限りの社会適応をして生きた方が楽しいです。

「インタ―ネット心理療法」で、頑張ってみて下さい。  

<<心の世界>>我が儘 4

2009 年 7 月 29 日

 高校生くらいになっても、人間って同じです。

何故ならって、人って年齢を重ねれば{真面目}になると言うものでもありません。

「三つ子の魂、百まで・・・」などと、言いますよ。

何処かの年齢で、人は自分の心を限りなく深く読み取っておかないと、駄目です。

そうでないと、自分の心を自分でハンドル取れないのです。

自分の拘る心を変えたいと考えても、自分では絶対に変える事が出来ません。

そんなに人の心が自分で簡単に変えられるのであれば、{うつ病}などで自殺する人は居なくなるでしょう。

 

 この頃では、登校拒否、摂食障害、拒食&過食、非行、いじめ、自殺、などなども起こってきます。

最近、シンナ―中毒は少なくなってきましたが、注意が必要でしょう。

彼等の殆ど全ての人は、側の人の助言や注意や説教に<<耳を傾けない>>ものです。

まして、親の助言なんて、全く聞きいれません。

{{我が儘}}、そのものです。

しかしながら、自分が{我が儘}なんて感じていないのです。

本来的に、助言通りに自分を生きれば、何も問題は起こりません。

勿論、どんな事柄でも、助言された通りに自分の行動をすれば良いのではありません。

 

 面白いのは、人の前で話しをするにつけても、大勢の人達の前で話をするのは、かなり慣れていないと話をできません。

何度繰り返しても、大勢の集団の人達の前で話をするのは、どうしても駄目な人達がいます。

そう、彼等の心の底には、{見栄}や{虚栄心}や{劣等感}などなどの{{塊}}が沈潜したまま時間は流れ、年齢も重ねていきます。

悲しいかな、自分の心については、多くの人達は全然知っていません。

 自分が{{我が儘}}なんて、知らないのですから、悲しいもので、自分は{{真面目な人}}、{{素直な人}}と自負しています。

 

 高校生頃からそんな自分の{{我が儘}}な心も染み付いています。

勉強が出来たら、{{真面目な人}で{{我が儘な人}}ではないかと問われれば、「No」です。

人の心の底には、潜在意識~無意識には不思議な心、自分の心の筈ですが、常に気づかない心が流れています。

{{我が儘}}な人も、自分が{{我が儘}}な人間だと認めた時から、真実に{{真面目な人}}{{心の丈夫な人}}となれるのです。

その事実を知らないのが、人間世界の人間の事実です。

「インタ―ネット心理療法」の体験が、凄く大事です。  

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(続)10

2009 年 7 月 27 日

 昨今では、新しい言葉が巷に出て来ます。

「草食系男子」なんて言葉が流行??? そんな言葉がありますね。

色々と何とか仕事などは出来るが、{女性に興味を示さない男性}とか、言うそうです。

一見、その意味は正解に見えますが、真なる彼らの心は、もっと{根が深い}です。

そう、見かけだけの意味で「草食系」だと言うのであれば、まあまあの表現でしょう。

彼らの深層心理については、沢山と心の学習をしている人でないと、気づかないでしょう。

特別に、「心理療法」に長く関わっていないと、理解が困難ですね。

 

 彼等は、女性に興味を持っていないのではなく、大変と女性に興味を持っています。

沢山の興味を、持ち過ぎていますが、つまらない「見栄」と「虚栄心」が強すぎます。

それ故に、女性と話しをしたり、接触するのが怖いし、何よりも「拒否」が恐怖です。

沢山と女性には興味を持っていますが、「拒絶」されることでの自分の{人格崩壊}が恐ろしいのです。

 

 女性を如何に口説いて、如何に体まで触れる事ができるかと、365日、朝も昼も晩も夜中も何時も女性の事を考えていますし、悩み苦しみの毎日でしょう。

女性の心を、全く読めないのですから、<<心の交流も体の触れ合い>>も出来ません。

女性との話も出来ませんし、他者から見れば、彼等は女性に興味が無いと思うでしょう。

確実に、上辺だけの話は出来ても、本音で語る{異性の話}は、全然と出来ません。

恥をかくのが、怖いです。

 

 男性で、心底と<<女性が嫌いな人>>は居ませんし、これは、女性にも同じです。

好きで、好きで、どうしようもないのですが、残念ながら、如何に<<異性と話>>をして口説き落としていくかが、出来ません。

女性の心を、知っていません(女性については、男性の心を知っていません)。

何処まで、女性が欲望を抱えているか、何を望んでいるのか、理解でません。

また、普通では、一般の人達が理解できない程の「身代わり不可」の状態の人で、{{凄く気持ちの小さい人}}、こんな人達を{草食系男子}なる人物と表現しているようです。

 

 厳格に判定すれば、女性が欲しいが、如何に女性をもてなすべきかが理解できていませんから、とにかく、彼らは<<どんなに異性が欲しくても>>「会話」と「行動」で表現できないし、所詮、「心」の問題です。

 男性だけについて、言えるものでもなく、女性にも沢山と見られます、所謂、{草食系女子}と表現できる人達が多く見られます。

 

 当方、{草食系男子}などの表現と、女性に興味を示さない人達だと言っている解釈が<<間違っている>>と考えています。

いずれにしても、男性にしても、女性にしても、{草食系男子}、{草食系女子}、などの人達は「身代わり不可症候群」と言っても間違いないし、社会適応に困難な<<心の状況>>です。

仕事や適当に集団の中に居ても、彼らの心の中身は、幼稚すぎて何時も<<大量の心の緊張>>は続いています。             

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(続)9

2009 年 7 月 24 日

 「身代わり・・・」、「身代わり・・・」と、話をしましたが、人生で一番に大切です。

「身代わり不可症候群」の人達でも、余程に人格が捩れていなければ、自分の過去を振り返って、自分の過去の{愚かさ}とか{未熟さ}とか{劣等感}とか{妬み}とか{やきもち}とか{孤独さ}とか{自惚れ}とか{知られたくない秘密事}とか、など、素直に、心理療法を受けて自分の口で表現したり、自分の記憶を辿って書いてみる事ですね。

私は真面目で、優秀な人間だと、他者から褒められたいなどの{{心}}を持っていたら、それは、非常に<<悲しい人>>、<<寂しい人>>です。

 

 当方、地球上の人間、全部が互いに<<お気に入り>>なんて、絶対にならないし、地上の人間世界は永久に平和にはならないとも、言ってきました。

小さな地球上の、国々です。

そんな小さな地球に、平和が来ないのです。

人間の「性」、人間の「業」です、ね。

それで、未来永遠に地球の楽園は、創造できないでしょう。

そうであるから、人間として此の世を生きるために、最低限でも、己は眼前のどんな人達にも如何なる環境にも<<適応して生きる>>{術}を覚えて欲しいと考えます。

誰に、どんな人に出会っても、悩まない、悲しまない、不満を持たない、恨まない、そんな自分になって欲しいです。

 

 幸福に生きている積りでも、運が悪いと、他者から<お金を取られる>とか、<自分の地位とか名誉を奪われる>場合もあるでしょう。

そんな悲しい事柄も、自分の努力しだいでは<<不幸に遭遇しない>>場合もある筈です。

人間って、案外と、人間社会を生きるのに、自分の事ばかりを優先させて生きています。

そんな人達ほど、意外と、他者から騙されたりもするものです。

人生をいきるのに、自分以外の人達の心、それも、浅い心だけでなく、その人の深い心までを読み取れるようになると、自分の人生が限りなく楽しくなるでしょう。

しかしながら、ここまでの{{心の悟り}}を得たいのであれば、先ずは、自分の心を、格別に、深層心理と言いますか、顕在意識~潜在意識~無意識の心の世界を勉強して知っておく事です。

 

 これらの人の{{深層心理}}と人の{{浅い心理}}の間では、<<人間の心のカラクリ>>が大変に沢山と流れています。

心の勉強をしないで、唯、自分は真面目で素直な人間だと思っている人、こんな人が一番に怖いです。

自分の「見栄」とか「虚栄心」は強く、心の「防衛反応」も凄く固くて壊れずに惨めな人が居ますが、「身代わり不可症候群」の人達と言って良いでしょう。

己の心を磨く事が、最大に重要でしょう。       

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(続)8

2009 年 7 月 21 日

 人生で、一番に重要な事は、相手の立場に立って物事を考える能力を持っているか、どうか、でしょう。

これだけは、絶対に間違いないでしょう。

自分の立場だけで、「会話」とか「行動」などすると、誰も相手にしてくれなくなってしまいます。

「会話」・「行動」などなど、全ては、自分の「心」が操っているものですが・・・。

相手の立場から、自分の「会話」とか「行動」を見つめる能力が、自分自身に大切なのです。

そうする事で、初めて周囲の人達から自分の心・人格について、立派な人だと言われる事になるでしょう。

 

 勿論、人間は、生まれも違うし、育ちも違いますから、100人のうち、100人が自分を褒めてくれなくても、納得して欲しいものです。

例えば、100人のうち、51人が了解してくれれば、良いと感じて欲しいものです。

勿論、俗世間を生きるのですから、100人が100人とも納得するのは、むしろ、可笑しいですね。

自分がこうすると、相手は如何に感じるか、などなど考えて行動するのが最良でしょうが、多分に人間社会を生きるのに、そんな風な心の余裕な時間は無いでしょう。

日頃から、自分の心を上手に作り上げておくべきです。

 

 そう、エゴイストから脱皮して、何時でも如何なる時でも、相手の立場に立って考える癖を作り上げておく事です。

相手の立場に立って自分を考える、・・「身代わり症候!!・・・です」・・そんな思考体系をしていれば悩まない・・相手がどんなに「事件」や「犯罪」を起しても、相手に同情してあげて下さいと、言っているのではありません。

唯、唯、こんな時でも、相手の立場を考える能力のある人は、直ぐに、彼らの{{生い立ち}}の環境を考えてみたり、彼らの心を喝破する能力が自分の身について来ます。

だから、自分の人生が楽しい人生となります、・・・何故なら、人の心が見えるからです。

 

 人の人生観を喝破して、相手を小馬鹿にしているのではありません。

自分の人生が、上手に見えているから、悩まない人間になります。

これは、何時でも、相手の立場にたって思考できる状況ですね。

当方は、皆様に、そんな心・人格を形成して人生を楽しく気楽に生きる{{方法}}を伝えています。

「身代わり不可症候群」のような、人間になって欲しくないものです。

「身代わり不可症候群」のような人達は、他人との交流に苦労するし悲しくなるし「劣等感」なども強くなって行きます。

我が過去を振り返る「・・ネット心理療法」が、大事です。