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2006 年 11 月 のアーカイブ

<<いじめ>>いじめと自殺(4)

2006 年 11 月 17 日 金曜日

 いじめに遭っている子供達は、普通<いじめ>について、親に喋ることは少ないですね。

子供の心の中にも親への憎しみが沢山と溜まっていますが、子供達は自分の心の底の心を見ているのではありません。

それ故に、子供は子供なりに{見栄}も{虚栄心}も大量に抱えています。

 自分の親へ、父や母へ<子供は自分の悩む話>をするのを躊躇します。

自分の惨めな姿を知られたくないのです。

無意識的には親への不満を沢山と持っていますが、気付いていないし、親に知られたくない・・・唯、それだけの理由ですね。

 

 世間の親はよく言います。

「子供が学校で<いじめ>に遭って苦しんでいるなんて全く知らなかった。」

「何故に、学校では先生方が子供達を注意して配慮していないのか。」

本来的に、学校で過ごす時間と家族で過ごす時間と、どちらが多いのかを考えれば直ぐに分かります。

家族で過ごす時間の方が多いです。

だから、いじめに遭っている子供達については、家族皆が充分に注意していれば、家族の方が先に気付くのです。

それでも親達は「子供の<いじめ>について、学校の先生が先に気づいて家族に報告すべきで、<いじめ>に遭わないようにするべきだ」と、言うのです。

 

 一般的に、家族の病が無いところには、子供の顔や表情や行動なども生き生きとしています。

いじめる側の子供達も<この子をいじめると、やばい>と、直ぐに気付いていますので、表情の豊かな子供達は<いじめ>に遭いません。

そう、顔の表情や雰囲気の明るい子供達は<いじめ>に遭わない様ですね。

いじめる側の子供達も、顔の表情や雰囲気は独特なものを持っています。

 注意深く、見る人が見れば“いじめる子供達”も“いじめられる子供達”も、顔を見ればそんな人相になっています。

しかし、ベテランの心理士やその道の人でないと、気付く事が無理なのかも知れません。

 

 子供達の<いじめ>は、陰湿と言えば陰湿ですが、学校の先生方だけで解決しようとしない事ですね。

また、学校の先生と家族だけで<いじめ>の問題を解決しようとする事も、殆ど全ての場合で駄目でしょう。

 

 根源的に{家族の病}を先に治す事ですね。

学校の先生も{心理療法}を受けておくべきです。

 

『人は、何故に悩むか???』この{原点}を悟っておくべきです。

<<いじめ>>いじめと自殺(3)

2006 年 11 月 15 日 水曜日

 一番に大切なのは『家族の病』を修復する事である。

悩み苦しみを抱えて、子供達が<学校でいじめられて>いても、通常では、親は{自分達の子育て}には、微塵も間違いはないと思っている。

当方には、沢山の子供さんや、成人されたが未だ若年者である方達が来訪される。

 何時も、初対面の人達には、何気なく「お母さんとお父さんは、好きですか???」と質問をする。

来訪者の中では“母も父も嫌いだから、親については考えたくもない”と言われる場合が多い。

自分の心に全く眼を向けない人、例えば、自分の眼を自分から外界に向けたまま生きてる人達。

彼等は“自分の親が好きでも嫌いでもない”或いは、“自分の親が好きですよ”などと簡単に答えるが、現実には親の嫌いな子供達は沢山と見られる。

実際に、自分の過去を全く見た事のない人達には、親が嫌いか好きか、真実は分からないのである。

 

 この様な人達も沢山見られる。

自分の過去が嫌いだから過去を振り返りたくもない。

過去を忘却して生きる事に専念している。

過去を忘れれば気楽に生きていけるのだ。

と、自己主張される!!!!!!!!!。

要するに“親も兄弟も他人も自分の側を通り過ぎた人達皆が嫌いだから”と言うのである。

自分の過去の心に外傷体験を着込んだままで、自分の人生を生きようとしているのだと・・。

 現実的には、自分の過去を忘却したい人達は、自分の過去の悩み苦しみに自分の現在の心が強迫されていると言っても、言い過ぎではない。

人は、何故に自分の心の中に<悩みや苦しみ>を持たない方が良いのか、である。

 

 学校での<いじめ・・・その他・・・>などにても、<いじめ>を受ける子供達は、学校生活の中でも、格別に彼等の表情、或いは、雰囲気が暗いのですね!!!

いじめる人達は、また、独特な雰囲気と顔の表情があります。

また、相手の顔の表情や雰囲気で“この人はいじめ易い”とか、“この人は直ぐには親に言わないだろう”などと解るのですね。

 いじめられる人は、家族の病の中にあり、学校でいじめられて更に表情や雰囲気が暗くなるばかりです。

いじめられれば悲しくなる一方で、怒り・悲しみ・孤独など、『心の葛藤』が溜る、増強するばかりとなります。

自宅に帰っても親には本心を話しませんし、心の根っ子にある{真実なる心の底の葛藤}について、子も親も知る由はありません。

<<いじめ>>いじめと自殺(2)

2006 年 11 月 13 日 月曜日

 子供達の間で、{いじめ}などの問題、或いは、どんな事柄の{問題}にせよ、表面化して来たときには、先生が一人で解決しようと考えない事であろう。

他の先生に相談をしても“解決の糸口が見えない”と言ったところでもあろう。

 

 文部科学省や厚生労働省の人達の考え方にも問題が有るのではなかろうか!!!!そう思わせられる。

学校の教育、医療の現場では、人の悩み苦しみを世話する事に無力である。

考え方によっては、政治家や官僚が<どうなのだ>とも言えそうだ。

彼らはそう、人間の心の問題に触れた教育もしないし、また、医学生にも<心の教育>をしない。

我々が若い人達に<心の問題を教えても>全くと、通用しないものでもある。

若い人達の心の問題でもあるが、聞く耳を持たないから・・・。

 

 人は、「人生とは、何か」、「自分とは、何か」、「自分の心の動きは、何処から来るのか」、「自分の存在とは、何か」などと、先ずは疑問を持ってみる事が必要であるが、多くの場合“自分には関係ない”と考えている。

人が、今考えている事柄は、全てが自分の過去の心の<致すところ>である。

誰でもが、自分の過去の心を調べると、自分の心と会話と行動が見えて来る筈である。

人間は全ての人達が、自分の過去の心に動かされている。

過去の心が現在の心を作り、現在の心が未来の心(未来を如何に生きるか・・)を作りあげる。

本音と建前の理解できない先生達、沢山の大人達もいる。

 当方も、ある意味では、本音と建前、無意識や潜在意識や顕在意識などについても勉強するまでは、理解できない人間の一人であった。

自分について「情けない悲しい一人の人間だった」と、自覚した体験がある。

「どうして早く心の学習に気づかなかったのだろう」と、考えた事もある。

 

 どうしようもない人達が、たまに見られる。

実際には、立派で有能に見える人だが、ちょっと観察していると直ぐにその人の性格というか人格が見えて来る。

時には「前だけ向いて生きて行くが、良い!!」おまけに「過去を振り返らないで」なんて言う、大変な人達が居るものです。

この様な思い上がった人は、周囲の人達を限りなく傷つけておきながら、気付いていない。

 自分の心の傷つき具合も知っておかないと、他者の心の傷つき具合も知る事ができない。

 科学や技術や学問は、人間にとって確かに大事である。

だが、もっと大切なものは{人間学}であろう。

自分、家族、社会、人間世界とは、何!!!。

 

 自分一人では、絶対に世の中で生きて行くことは出来ないのである。

<<インターネット心理療法>>追加編(9)

2006 年 11 月 10 日 金曜日

 医療の世界では、確かに科学・医学(医療機器、薬、手術式、など)・各技術、などは格別に進歩して来ています。

ですが、大変に残念なのは“人の心について、人の心を如何に良い方向へ変革させてあげるかについて”は、医学では全く進歩が無い様です。

当方、医師・臨床心理士として仕事をしながら、他の医師とも当然に何時も会っているのですが、事、心の話になると、医師は耳を傾けずに<逃げて行くのです>ね。

また、積極的に過去の自己分析を回想する事そのものにも、精神科医や診療内科医の人達は理解できないみたいです。

「どうして・・???」、「何故・・??」といった感じです。

 

 それなりに心の解釈が出来る医師達でも、自分の過去を回想した人でないと、人間の心の世界、格別に{人の心のカラクリ}については全く理解できません。

頭で物事を理解していても、体で理解(体得)出来ていないと役に立ちません。

 自分は正常だと思っている人達(自分で正常と思っていても、変な人は沢山といますが・・・)も、誰が見てもこの人は立派で真面目な人だと思っても、自分の過去を見詰める体験だけはやっておいて欲しいと考えます。

そうしておかないと、自分以外の他者の悩む<心の原点>を理解できないからです。

カウンセリング、その他の治療では、直接に自分の心を見る作業がありません・・・。

カウンセリングでは、直接に<心の接点が有る>のですが、悩みを聞いてあげるだけですね・・・原則的に・・・、説教や助言をしたら駄目なのです。

聞いてもらっても、話す人が現在の心の悩みや苦しみを話すのが主体であり、聞き手がコメントを入れてあげると立腹します。

カウンセリングでは、近過去も少しは出て来るでしょうが・・、幼い時期の<心の葛藤>が、充分には拾いだせません。

自分が一生懸命に努力しても、自分の過去の心を理想的に回想する事が出来ません。

 

 時々、いや、結構と体験されていない医師達が言う言葉ですね・・・{フラッシュバック}と言って、“過去は思い出さない方が良い”などと言われる医師達がいます。

自分が体験されてそう言われるとすれば、それなりに対処方法も分る筈です。

{フラッシュバック}なんて、滅多にあるものではありません。

{フラッシュバック}を起こしそうな人達の場合では、人格形成が非常に脆いというか未熟なので、その様な場合では、必ず親子で一緒に過去を見る回想方法をする事なのです。

親子で一緒に体験すると{フラッシュバック}なんて、滅多に起きません。

 

 親と子が一緒に・・・、物凄く最高に重要で、子供達の心も早急に良好となります。

子供の問題では、親から先に「インターネット心理療法」の体験ですね。

<<いじめ>>いじめと自殺(1)

2006 年 11 月 9 日 木曜日

 {いじめ}による、また、{いじめ}られて<自殺>などが世間で流行している。

マスコミの報道にも、少しながら影響はあるものと考えられる。

当方、マスコミの報道が悪いと言っているのではない。

当然の事ながら、マスコミとしては<報道すべき>ものであるのかも知れない。

<良い>とか、<悪い>とか言うのも、立場を変えればどちらとでも言えるもの。

 

 当方、25年来に渡って{心理療法}特に「カウンセリング」や「内観療法」などで、個人的に人の心に関わって来た。

登校拒否、いじめ、非行、校内暴力、校外暴力、シンナー、各種心身症、各種神経症、うつ病、引きこもり、などなどにしても、それなりに明確な「因」があるものである。

「因」とは、矢張り、どんなに考えても{家族の病}がある。

子供達は、親の因果を引いている。

昔から、「三つ子の魂、百まで」、「親の因果が、子に報い」などの言葉がある。

 

 最近のマスコミの報道では、親と子の問題を抜きにして、学校の状況ばかりを報道しているのが現状ではなかろうか・・・。

勿論の事、学校の先生達の中にも<身体は大人になって、学校で教育の仕事をしてきても>、ある年齢になってくると、案外と幼児帰りしてしまう方も居られる。

表面には見えない程度の人格障害を持ったまま学校の先生になって、心の未熟なまま教員生活を続けている人達の何と多いことかと感じている。

子供達への注意の仕方が分からないし、言葉の暴言・暴力を現実に投げかける先生達も多いと思わされる。

 この先生方、いや、全ての先生方と言っても良いであろうが、生徒含めて他の先生や他人の気持ちが解らないのである。

もっとも、無理もない事であろう。

人間は、自分の心が理解できていないと、自分以外の他者の心も読めない。

先生に限らず多くの人達は、自分の心は<正常だと思って>いる。

心が異常で未熟であっても、自分の未熟さを理解できないから本当に大変である。

臨床心理士&心理療法士として、申し上げたかったことである。

 

 いじめ、その他の事件にしても、とにかく学校の先生達の中には本当に未熟な人達が居られる事だけは述べておきたい。

当方の子供達も、随分と学校の先生に<言われなくても良い事までを、心に釘を刺される言葉までを投げかけられて>いる。

当方、あまり賢くもないから、“心の世界”・“人の心”を勉強せざるを得なかった事実がある。

自分が未熟だと認めない人達には、心の進歩は無いであろう。

学校の先生達へ、もっと自分の心を学習して欲しいと苦言を呈しておきたい。

 

子供達の悩みの心の原点を知るために!!ですね。