‘男と女’ カテゴリーのアーカイブ

<<男と女>>男と女 (17)

2011 年 6 月 8 日 水曜日

 人間世界には、「「男」」と「「女」」が居るから、楽しいし素晴らしい世界であると、思われます。

勿論、先天性疾患で、「「男」」と「「女」」の役割を充分に演じる事ができない人達もいるでしょうが、このような場合は、今は、ここでは、「「話」」を別にしておきます。

 「「男」」と「「女」」が居るから、そして、互いに、「「愛」」し「「恋」」して、幸せな時間を持てるし、幸福で真実に嬉しい喜び、恍惚と悦楽の時間を持てるものだと信じています。

だが、一度、「「男」」と「「女」」の{{こころ}}も縺れますと、悲しみ苦しみ恨み怨念などなどが湧き出て来ます。

そこから、「「事件」」や「「犯罪」」なども起きて来るから、人間世界は楽しい反面で、大変な危険な世界でもあります。

 

 今から、随分と以前の話ですが、旧制高校で今では優秀な大学のFさんでしたよね。

こんなに優秀な学生さんが、何故に、華厳の滝に飛び降り自殺をしたのかなどと、不思議に思われて、何時も哲学とか{{こころ}}の書物には書かれていました。

 こんなに賢い人が、自殺をするなんて!!!、それ程に、人生は不可解な世界だと書かれていたものです。

当方も、随分、書物を読みましたが、必ず彼の名前が出ていました。

それほどに、人生は「「不可解」」なのだと、誰も皆が考えているのかと、不思議に感じていたのでした。

 

 マスコミでも、彼の名前は有名でしたね。

大変に面白いのは、彼の「「遺書」」が見つかったのでした。

遺書の内容では、好きだった女性に対して、自分の希望した通りにはならなかったのでした。

そんな、学校では優秀な学生でも、人間学の学問が足りなかったのです。

 「「人生とは、何ぞや???」」、「「自分とは、何ぞや???」」、「「自分の存在とは、何ぞや???」」、「「真実なる自分とは、どんな人間???」」、「「人間の実在とは、何ぞや???」」、自分の{{こころ}}&{{からだ}}を自分の希望通りに動かせないと、大変です。

学校で優秀だと思われても、駄目な人間は沢山と見受けられます。

 

 「「男」」であれば、「「女」」とは{{何}}ぞや、「「女」」であれば、「「男」」とは何ぞや、などと勉強をしておく事です。

思春期の「「嵐」」の中で、相手を追い求めてから、自分だけが沈没するのでは、あまりにも、悲しいものでしょう。

 「「人生は、思うがままに ならなくて」」、「「零れた水は 戻らない」」、「「壊れたものは 前と全く同じものにはなりません」」、そんな事くらいは、学問をしないと理解できないものでもありません。

自分の「「真実のこころ」」を知る事でしょう。 

<<男と女>>男と女 (16)

2011 年 6 月 7 日 火曜日

 父親と、母親にしても、「「携帯電話」」を持たないと、日常生活に{{潤い}}が無いと思うくらいです。

また、人間社会にも変化が現れて、「「男」」だけが働いて、子供達に{{食を与える}}などと言った社会は、既に、終わっています。

 「「女」」も働いて、主人と一緒になって、「「子育て」」の金銭を稼いでいると言った状況の方が多いですし、「「奥さん」」が自宅に、朝から~晩まで居てから、主人が帰って来るのを待っていましょう、などと思う「「女」」は少ないですね。そうであるからには、子供達が学校から帰った時には、両親は居なかったりで、「「鍵っ子」」になったまま育つ子供も多くなります。

 

 そんな「「鍵っ子」」は、それなりに、{{家族の中}}で寂しく育ちますので、学校に行けば何となく{{ふざけたり}}、{{いたずら}}、{{悪行}}なども重ねてみたくもなります。

{{いじめっ子}}になったり、{{いじめられっ子}になったり、場合によっては、非行グル―プまでを形成して大変な場合もあります。

 この子をいじめても、先生には、何も告げ口をしないとか、家族に何も言わないとか、いじめっ子は、そんな相手の弱い気持ちを全部が理解できています。

何故かって、{{こころ}}の弱い人達は、{{こころ}}の弱さが、眼や顔の表情や人相、歩く姿、後姿までが、その人の{{こころ}}を表現しているものです。

 

 「「いじめる子供達」」は、不思議な程に「「いじめられる子供達」」の{{こころ}}を見抜いているものです。

いじめても、絶対に、先生や親には言わないなどと、彼等には{{相手のこころ}}を読めるから、面白いですよ。

 家族の形成がしっかりと出来ていれば、絶対に、いじめられたり、などは起こらないものですが、親が、「「子育て」」について勉強をしていなかったら、理解できないでしょう。

悲しい「「家族」」ですが、両親の{{こころ}}も一致しないのが普通ですかね。

「「結婚」」したら、常に、何時も、夫婦が仲良く毎日を暮らせるのかと、問われるならば、絶対に「「No」」と言わざるを得ないです。

 

 見かけは仲良く見える夫婦でも、自宅の中に入れば、互いに、「「本音」」で話もするので、「「話」」が衝突する場合も有るのは当然でしょう。

そんな姿を、子供の前で見せなくても、子供達は親の{{雰囲気}}を簡単に推測できるものです。

 「「男」」と「「女」」が、「「愛」「」して「「恋」」して結婚して一緒になったら、互いに死ぬまで仲良く過ごして欲しいとは、考えますが、先ずは、絶対に、無理だとも言っておきます。

でも、何度も喧嘩をしても、年老いて行きますと、「「男」」も「「女」」も次第に自分の{{我がまま}}を言わないで辛抱したり我慢したりで、二人の人生を一緒に終わる場合もありますし、外側から見れば、結構と仲良い家族だったと思われるでしょう。

<<男と女>>男と女 (15)

2011 年 6 月 2 日 木曜日

 「「男」」と「「女」」は、{{因縁}}にて結婚し、多くの場合で子供が出来ます。
しかしながら、「「子育て」」は大変に難しいものです。

子供達は、自分の親の「「姿」」、「「行動」」、「「会話」」、{{こころ}}を見ながら、育ちます。

親の「「子育て」」の行ない方で、「「女」」を愛する恋する{{こころ}}ができるか、どうかも関係してきます。

 親の「「子育て」」にて、「「異性」」を好きになれるかどうか、だと伝えました。

思春期になりますと、男性も女性も「「思春期の嵐」」が吹き荒れてしまい、自分の{{からだ}}と{{こころ}}を上手に考えて、凄まじい{{自分の中の嵐}}を、自分でコントロ―ルする事が重要なのですが・・・・。

 

 自分の親が、父親も母親もですね、両親が毎日のごとく、喧嘩をしていますと、子供達にも家族での中の居心地が悪くなりますし、自宅には居る場所は無くなります。

家族って、こんな生活なのかと、家族の形成にも「「疑問」」が沢山と沸きあがって来ます。

 男性は女性を見ても、愛したいと思っても、「「男」」と「「女」」の喧嘩の結果が頭に浮かんで来ます。

特別に、母親と父親の喧嘩の姿は、子供達には良く映りません。

女性も、男性を見ても、「「愛」」し「「恋」」したいと感じても、先に、{{こころ}}の葛藤が出て来ますし、身動きできません。

男性にも、同じですね。

 

 家族の形成に何の「「意味がある」」のかと、疑問も出て来ます。

先進国では、結婚の数も少なくなっているのでしょうか、或いは、「「結婚」」はしていても、子供を作らないとか、どうも、家族の中で女性達が「「赤ちゃんを育てる」」のが面倒だと言う人達も増えているようです。

 一方で、「「男」」と「「女」」の{{離婚率}}が凄く高いです。

また、「「結婚」」して、簡単に「「離婚」」するが、また、「「結婚」」へと、そんな人達も多いものです。

「「夫婦別姓」」なども関係があるのだろうと、当方は考えますが、人間の{{こころ}}の奥深い場所で動く{{こころ}}を、知らない人達には理解が困難でしょうね。

 

 赤ちゃんを育てるよりも、自分の遊びと趣味とか仕事とかをして過ごした方が心地よいとか考えるのです。

「「子育て」」に縛られるのを、現代社会の女性達が好まないようです。

 「「子育て」」よりも、自分の好きな事柄をしていた方が良いと言うのです。

目前に便利な遊ぶ道具やテレビや映画や小説や携帯電話やメ―ルなども、遊びの道具の一つになるのでしょう。

子供達は、携帯電話でメ―ルが無いと、逆に、親に「「不満」」ばかりを抱えてしまいますし、「「子育て」」が大変です。

携帯電話を持たないと、両親に反抗して、どうにもならない子供達が増えました。

<<男と女>>男と女 (14)

2011 年 6 月 1 日 水曜日

 「「男」」と「「女」」が居るから、人間世界は楽しいものです。

だが、少し雰囲気が壊れますと、たちまちに「「現状の世界」」までが壊れますし、「「悲しい惨めな悲惨な世界」」になってしまいます。    

 「「男」」と「「女」」、「「男」」が「「男」」を愛する???=ホモとも言います、ね。

「「女」」が「「女」」を愛する????=レズとも言います、ね。

 決して、これらが楽しいのか仕方がないのか、その辺りは、当人の「「考え方」や「「感じ方」」しだいでしょう。

 

 でも、昔の貴族とか大層なお金持ちの人達は、案外と女性を沢山と愛し過ぎてしまって、女性に飽きてしまって、次は「「男性」」を求める人達も居たようですからね。

現在の「「男性」」で、「「男性」」が好きだと言う人達も居ますが、女性を「「愛」」する能力、いや、「「策」」を持たないので、悲しみ苦しみ人生を暮らしている時に、そんな、「「ホモ」」の世界に引き込まれてしまう場合もあるようです。

 この様な「「ホモ」」の世界に入っても、レズの世界に入っても、自分の生活が安定していなければ、自分の親にも「「現実の話」」をする力量も持たずに、何とか、日常の「「男」」と「「女」」の世界に戻りたいと考えても、どうにもならない場合が有ります。

 

 そう、「「男」」と「「女」」の会話が成立しないので、「「女性」」に近づきたいと思っても「「手」」も「「足」」もでません。

女性の場合にも、同じような状況は起こっています。

明確に簡素に、話をすれば、「「女性」」を口説く能力&力量を持たないのですから、どうにもなりません。

 親の育て方によっては、「「男」」は「「女」」に近寄れない場合が多々あります。

逆に、親の育て方にて、「「女」」は「「男」」に口説かれると<<逃げる人達>>も居ます。

家族の形成で、「「男」」と「「女」」とが両者が上手いこと{{話合えない}}、そんな場合が、案外と多いです。

 

 大変なのは、子供の時に、親ですね、母親が主人以外の男性と一緒になって裸で{{セックス}}をしている場合などを見ますと、もう、その「「光景」」が瞳を通して{{網膜}}に焼きついてしまうのです。

その網膜に焼きついた「「光景」」は、子供達の生き続ける限り、子供の「「網膜」」から消えて行きません。

 逆の場合もあり、父親が母親の居ない時に、自宅に女性を連れ込んで、一緒に裸で過ごしている「「光景」」を見る場合もあります。

 一方で、大変なのは、自分の「「母親」」と「「父親」」が一緒に{{裸}}で寝ている場合などを見ますと「「原光景」」・・・と言います、子供達には、また、完全に{{ショック}}ですね。

 何故かって?、子供達は、母親に対して、神聖なる完全なる母親を求めますし、父親にも、穢れの無い父親像を求めています。

<<男と女>>男と女 (13)

2011 年 5 月 30 日 月曜日

 どんなに考えても、興味深いものです。

世の中、「「男」」と「「女」」しか居ませんからね。

何度も繰り返しておりますが、「「男」」と「「女」」の{{物語}}って、大変に素晴らしいものでしょう。

世の中は、「「男」」のみだけでなくて、「「女」」のみだけでもありません。

 時代の流れによって、「「男」」と「「女」」の「「地位」」とか「「名誉」」とか変化をします。{{シャ―マン}}なんて言いますと、多くは、「「女」」ですからね。

神がかり的な「「男」」も居ますが、「「女」」の方が神ががり的な場合の方が多いです。

しかしながら、宗教の「「宗祖」」は男の方が多いです。

 

 勿論、「「宗祖」」と「「偶像」」とは、別のものですからね。

「「女」」の居る場所を尋ねて、即ち、{{シャ―マン}}を尋ねて頭をひれ伏している男性達も居る訳です。

勿論のこと、神かかり的な男性の居る場所まで尋ねて、頭をひれ伏している女性達も居る訳です。

 此の世では、「「男」」が強いのか、「「女」」が強いのかは、不確定ですし、何だか面白いですね。

現在の世界的な政治や経済の立場から見ていますと、男性の方が上位に居るみたいですが、最近は、女性が政治や経済の世界でも少しずつ進出して来ています。

 

 今後の世界の「「男」」と「「女」」の地位には、どれほどの変化が現れてくるのかは、まだまだ不明でしょう。

「「女」」の裏にも、「「男」」が居るものですが。さて、今後の政治の世界では、如何なる状況になって行くのかも、興味が湧いて来ます。

 政治の世界も面白いもので??子供達が「「男」」であろうと、「「女」」であろうと、矢張り、自分の子供達に自分の後を継がせたいものでしょう。

日本では特別に、そんな{{例}}が多いですね。

世界の某国でも、自分の子供が「「女」」であっても、後継者にしたく継続させたいと考えている国もありますけれど、ね。

 

 「「男」」と「「女」」、確かに、両者が仲良く一緒に暮らすのが大事ですが、「「愛」」と「「恋」」で一緒に満たされている時が、一番に素晴らしい「「顔」」と「「雰囲気」」を持っています。

人間でなくて、動物も植物などは、「「本能」」に駆られて動いているだけしょうが、動物などを見ていますと、「「雄」」が「「雌」」を獲得するために喧嘩をするだけでなくて、「「雌」」でさえ、「「雄」」を誘惑するのに巧みな「「業」」を抱えているのが多いですね。

 結構と、動物でも、「「雌」」も、「「雄」」を誘惑するのに、巧みな「「本能」」と「「業」」を抱えていますから、本当に細かく眺めていますと凄く立派ですね。

「「男」」と「「女」」の世界、素晴らしい美しい魅惑の世界も有りますが。