‘劣等感’ カテゴリーのアーカイブ

<<劣等感>>「「劣等感」」続編16

2012 年 5 月 15 日 火曜日

 ・・・・「「五蘊盛苦」」・・・・・

 多くの人達が、「カウンセリング」の言葉については知っているでありましょう。
しかし、カウンセリングだけで、心と体は理解できないかもしれませんね。
ここで、「「五蘊盛苦」」なんて言葉がありますが、大事な、大事な「「言葉」」ですよ。
・・・・・「「五蘊」」って、何だろう。
人間社会の多くの人達は、知っていないでしょう。
でも、こんなに大事な「「言葉」」があるのに、どうして、皆さんは知っていないのだろうと、当方は感じています。

 日常生活には、関係ないだろうと言う人が居れば、そのような人達は、{{こころ}}に全く関心を持っていない人と言えるでありましょう。
それほどに、人間は眼前に見える物事については、好き嫌いを判断するのに、何故、何故って気持ちが致します。

「「五蘊」」って、「「色」」・「「受」」・「「想」」・「「行」」・「「識」」などを合わせて言うものです。

 では、分かり易く説明しますよ。
「「色」」って、此の世に存在する全ての物、命あるものも、命の無いものも含めて説明しています。
「「受」」って、人間の{{五感}}であり、{眼}・{耳}・{鼻}・{舌}・{身}などを説明しています。
そう、昔の人間の{{こころ}}の横軸分析だと言われるくらいですよ。
・・・・・何故、「「横軸分析」」って、言うのだろう。
人間が生きていますと、必ず、誰もが自分の眼前について、自分の好きな人達を求めています。
一方で、自分から、自分の好きな環境を求めますし、自分の好きな環境の中に入りたいと思います。

 ・・・・・それに、もう一つですね、{{六感}}が必要です。
「「六感」」とは、{意識}と言っても良いですね。
人間の{{五感}}や{{六感}}から、すべての人間の生き様を説明できますよ。
そのような人間の生き様の「「過程」」を、これから、説明をします。

「「受」」の次には、「「想」」が来ますが、想念と言った方が、皆様方には理解し易いでしょう。
「「想念」」って、{{こころ}}の一部が動いています。
「「行」」って、「「想念」」の結果で、人間は近づくか、離れるか、どちらかの微妙な{{動き}}が出て来ます。
この微妙な人間の{{動き}}を、見逃さずに見ているのですね。
人間の{{動き}}を素晴らしく観察しています。

 本当に、素晴らしいですね。
しっかりと、自分の頭にこの{{様子}}を入れておいて下さいませ。
明確に、人間の{{こころ}}も見えてきますからね。 

<<劣等感>>「「劣等感」」続編15

2012 年 5 月 11 日 金曜日

 ・・・・「「怨憎会苦」」・・・・・

 そう、家族の問題が有る故に、子供達の学校の問題も出て来るのです。
だから、人間の一番に大切なことは、自分の深い心の中にて反省できる状態で生きているかどうかですよ。
皆が真面目に生きているのであれば、そして子供を育てる過程で、親が間違っていなければ、子供達の学校での問題は何も起こりません。

 子供達について、親は誰もが皆、自分の子供を大事に育てていると思っています。
仮に、全く、大事に育てていなくても、大事に育てたと「「錯覚」」を持っています。
悲しいです、よ。
親の「「錯覚」」なんて、本当に怖いですね。
親は、親で、誰しも「「劣等感」」を抱えて生きています。
無意識的にでも、子供達に「「反省」」をさせると言いますと、そんな事柄はさせないでと言うでしょう。
これは、学校で子供達を「「反省」」させる事で、家族のマイナスの事柄が沢山と学校の先生方に知られると思うからです。

 子供達を、学校で立派な人間として育てるために、親の考え方を変えてほしいのですが、親は、真面目でないのに、真面目だと思っているので困ります。
親は、家族の中でも、夫婦喧嘩を絶対にしないかと問い詰めると、必ずや、喧嘩はしております。
それで、夫婦喧嘩だけでなくて、家族の中で、夫婦のどちらかでも、職場での「「悪口」」などを繰り返していますと、或いは、職場との関係がなくても、他人の「「悪口」」などを言っていますと、子供達は、矢張り、学校では素直に育ちません。

 そう、学校で、何らかの問題が起こりますと、学校の先生方は明確に自分達の「「行動」」や「「会話」」などもチェックしてみるべきです。
正直に、当方も、今は語りますが、学校の先生方も自分の{{こころ}}と{{行動}}と{{会話}}なども、日頃から、明確に点検しておくべきです。
その上で、子供達に問題があれば、子供達にも接触する良い方法が見つかる筈です。
子供達の悪い「「会話」」や「「行動」」を治そうと考えれば、先ずは、彼等の「「こころ」」を治すべきです。

 人間に一番に大事なものは、人間の{{こころ}}ですよ。
{{こころ}}さえ、しっかりと作られていたら、色々な問題は起こりません。
大人でも、「「劣等感」」を、自分では取り除く事はできないのです。
先ずは、大人が自分の「「劣等感」」を取り除く練習を体験する事が最高に大事ですね。
その事で、自分の子供達の{{こころ}}も癒せる筈なのですから、家族の親達も少しながらでも、{{こころ}}を勉強しましょう。 

<<劣等感>>「「劣等感」」続編14

2012 年 5 月 10 日 木曜日

 ・・・・「「怨憎会苦」」・・・・・

 「「劣等感」」は、当方は、持たないで・・・、それが可能ならば絶対にもたない方が良いと思います。
何故って、「「劣等感」」を抱えていますと、余分な{{こころ}}が沢山と湧いて出て来ますからね。

 人間世界を生きるにあたって、自分の周囲の人達が、誰も皆が自分に親切にしてくれるかと言えば、なかなかと、そのような事柄は少ないでしょう。
直接に知らない人でも、自分を怨んだりもします。
そう、怨まれたりするのです。
出会った事が無いのに、ですね。

 勿論、人間は、ともすれば、眼前の人が自分を怨んだり憎しみを持ったりする、場合もあります。
人間の「「やきもち」」・「「嫉妬」」・「「ねたみ」」・「「不満」」・「「憎しみ」」、などなどは、大変なものです。
こんなこころが、劣等感につながるものです。
 ・・・・・それで、そんな{{こころ}}を持つ事によって、悲しい気持ち、惨めな気持ちになりますが、そんな気持ちを持っても、「「妬み」」・「「やきもち」」なども、決して簡単に消えて行くものでもありません。
面白いもので、「「恨み」」・「「不満」」・「「怨念」」などは、決して持たない方が良いのですが、人間は、何時も、こんなマイナスの気持ち持ちやすいものです。 

 誰もが、人間は、自分が真面目で素直な人間だと、思いたがっています。
また、本当に、自分は、素直で良い人だと自覚したいし、真面目な積もりなのです。
だが、自分の「「過去」」を振り返りましょうと、言いますと、殆どの人間は{{そんな事なんか}}はしたくない、何のために「「過去を振り返る」」ことが大切なのかと、文句さえ言いますよ。
 ・・・・・そう、そんなに自分が真面目な人間であれば、己の過去を見詰めても良いだろうとさえ、思うのですが、どっこい、過去を見ると自分の悪い記憶が出て来そうだから、見たくないと簡単に吐き出すように、言いますね。
何で、己の過去を見るのか、意味が無いではないかと、文句を言うのです。

  一般に、学校でも、本当に、子供達の{{こころ}}を真面目に素直になるようにしたいものです。学校で「「いじめ」」・「「非行」」・「「家庭内暴力」」・「「登校拒否」:」などの、諸々のマイナスの子供達の{{こころ}}を矯正しようと、子供達に{{過去を振り返させ}}、色々な問題や事件が起こらないようにと考えても、家族と言うか家庭の親が、学校で子供達に反省させるのには{{反対}}するでしょう。
 ・・・・・何故かって? そう、子供達に自分の{{こころ}}を反省させる事は、ある意味では、家族の中の事柄、夫婦の問題も浮き上がってくるでありましょう。
子供達の「「異常行動」」・「「異常会話」」・「「異常なこころ」」は、家族の問題です。

<<劣等感>>「「劣等感」」続編13

2012 年 5 月 9 日 水曜日

 ・・・・「「愛別離苦」」・・・・・

  そう、何事につけても、自分の思う通りにならなければ、人間って悩むものです。
幼い頃から、親と別れて暮らしている方達、或いは、幼い頃は、親と一緒だったから悩みもせず悲しい事柄も無かったのですが、でも、人間の「「「命」」って何時のこと、如何なる状態になるのかも知れません。

 先ほど、「「因縁」」と言いましたが、生まれた直後から「「母」」に会えない場合もありますし、勿論、生まれた直後、いや、生まれる前に、父親が、既に、他界していたり、大変な場合では、父親が妊娠している母を置いて逃げている場合もあります。
悲しい、苦しいなどと言っても、現実に、此の世において起こっているものですよ。
赤ちゃんとして誕生した直後から、母親が生み落として逃げている場合も、稀ですが、あります。

 本当に、人間の生き様は大変なもので、今述べたような場合では、人間として、親の「「ル-ツ」」が不明なのです。
この事は、大変な{{こころ}}の葛藤になったままで、生きる事になります。
今が、大変に幸せに見えても、「「ル-ツ」」が不透明の方々は、余程の事、「「人生とは、何か??」、「「己の存在とは、何か」」、「「真実の自己とは、何か??」」などなどを明確に「「からだ」」で悟っておかないと、「「劣等感」」は消えて行きませんね。

 そう、子供達が、かなり成長してから、親が去って行く方が、まだまだ、良いでしょう。
でも、本当に、子供達が精神的に大人になるまでは、両親が居る方が良いのですが、・・・・。
でも両親がいるだけで、子供達には、全く、役立たない親達も沢山と居ます。
子供の{こころ}}に「「耳」」を傾けない親達ですね、こんな親達は大変な親であり、子供が成長しても喋れない子供、喋れない大人になってしまいます。
また、子供達には、沢山と大人の世界を喋り続けており、子供達の中には、親の言葉が大変に{{こころ}}の葛藤となり、身動きできなくなっている場合もあります。

 それなりに、{{からだ}}だけは大人になっていても、{{こころ}}が子供のままの人達も多いです。
子供達が成長する「「過程」」において、あまり夫婦喧嘩をしていても、「「劣等感」」の残る子供達が多くなります。
「「男」」と「「女」」って、何だろうと、考えてしまいます。
「「異性」」を好きになって、{{本能}}ですがね、この{{本能}}が上手くいきません。
夫婦喧嘩の多い家族の中で、子供達が育ちますと、大人になってからも「「異性」」を虐待する場合も出て来ますよ。

 でも「「因縁」」と「「宿命」」は変わりませんので、何時まで、待ち続けても、駄目なので、子供達から、人生の「「壁」」の紐を解いて行く事ですよ。
「「人生とは、何か???」、ですね。
「「因縁」」と「「宿命」」は、子供達が努力で乗り越えて欲しいのですが。 

<<劣等感>>「「劣等感」」続編12

2012 年 5 月 8 日 火曜日

 ・・・・「愛別離苦」」・・・・・

 そう、「「愛別離苦」」についてから、「「話」」にはいりましょう。
上記の「「話」」をすれば、人間の「「男」」と「「女」」の関係に思うかも知れませんが、必ずしも、そうではありませんよ。
そう、簡単に言えば、確かに、人間の「「愛」」と「「恋」」とは美しいものですが、一度でも二人の間に{{嫌悪感}}でも起こりますと、なかなと、落ち着かないものです。

 二人のどちらかでも、「「人格」」に問題がありますと、大変な事柄も起きますよ。
「「事件」」や「「犯罪」」にも繋がってゆきます。
「「愛」」」と「「恋」」って、本当に美しいものですが、その美しく見える「「愛」」と「「恋」」の下に流れる{{こころ}}の世界では、本当に一度でも間違えると、恐ろしい怖い、別の{{こころ}}が湧き上がって来ます。
「「男」」と「「女」」の間で、{{こころ}}が常に綺麗に美しく流れると素晴らしいのですけれどね。

 また、人間は、一人では、自分の人生を生きるのが大変ですが、毎日が孤独になって辛くなりますので、自分にとって素晴らしい「「異性」」が見つからない場合では、犬・猫などの動物や、小鳥とか金魚や鯉を飼ったり、綺麗な庭を造ったり、或いは、はたまた、特別な{{生き物}}を飼ったりする場合もあります。
また、自宅の庭に「「盆栽」」を置いたり、作ったりと、しますね。
色々な{{生き物}}を飼ったりしますが、動物や植物も{{生き物}}ですよ。

 人間との「「愛別離苦」」だけでなくて、動物や植物との別れにても、案外と人間の{{こころ}}は落ち込むものですね。
{{こころ}}が落ち込むのは、簡単に「「劣等感」」に繋がって行きます。
表現が違いますが、「「うつ病者」」の方々は、必ずや、「「劣等感」」を持っているものです。
ですから、ここで、皆様方に知っておいて欲しいのは、「「劣等感」」」は無い方が良いと思うのです。

 時折に、こんな風に言われる人も居られます。
「「劣等感」」があるが故に、人生の「「バネ」」になると言われますが、「「劣等感」」にも表面に抱えている方達か、また、深層心理の中に「「劣等感」」を抱えている方達かによって少しは{{雰囲気}}も違います。
でも、当方は「「劣等感」」は絶対に持たない方が宜しいと、思っています。
{{こころ}}の底に抱えていた「「劣等感」」が、何時のこと、表面に浮き上がって来るのか知れませんよ。

 「「劣等感」」が、浮き上がってきますと、対人関係も{{歪}}になって来ますし、場合によっては、大勢の人達の前で、何も「「話」」もできなくなります。
「「優越感」」を持っていると言う人が居れば、それは、「「劣等感」」と同じでもあります。当人が気づいていないだけですから、ね。
「「劣等感」」も「優越感」」も無い方が宜しいです。