<<当方の論文>>「「論文」」&「「論考」」7

 体の病気、「「心身症」」などや、{{こころ}}の病気などでは、巨大な「「無意識」」や「「潜在意識」」などを少しでも、解明しようとする治療法でしょうが、折に触れて、過去の「「意識」」をそのままにしておいて、現在の{{こころ}}のみを解明してから、{{こころ}}の病気を治療しようとする{{こころ}}の治療法が案外と多いみたいです。

 しかしながら、当方は、長年月間にわたり「「心理療法」」に関わってきましたが、何と言っても、人間の現在の歪な{{こころ}}を治すには、今の{{こころ}}のみを治してあげるのは、大変に難しいでしょう。

 

 大きな「「日傘」」・「「雨傘」」・「「松茸の傘」」・「「椎茸の傘」」の部分が、全ての{{こころ}}の塊ですから、そんな巨大な塊の一部を散策しても、多くの{{こころ}}の塊は汚れたままで残るのです。

特別に汚れた{{こころ}}の塊を砕いて散策しないと、軟らかい平らな{{こころ}}にはなりませんから、ね。

 自分の「「意識」」の近くに存在している{{こころ}}だけを拾いあげて自分で納得しても、暗闇の中の{{こころ}}の塊を解かないと、「「平和」」な安らぎの穏やかな憩いの{{こころ}}は決して訪れて来ませんね。

 

 大きな「「傘」」の塊の中を少しずつでも構いませんから、歩いてみるものです。

多くの人達は、自分の「「傘」」の塊の中にあまり嬉しくもない悲しい惨めな小さい塊が出て来る事に恐怖を感じるのです。

いや、恐怖を感じると言うよりは、自分が有能な真面目な人間だと自負していたいのです((どうしようもない程の悪事を重ねておいて、自分で真面目だと思いながら他者に褒められたいなどと、考えていますからね。)。

 また、他者から称讃を浴びたいと思わなくても、自分の{苦しさ}や{悲しさ}や{惨めさ}や{妬み}や{劣等}などなど、思い出したくないのです。

そんな、ある意味では、マイナスの自分に出くわすのが嫌いなのです。

ト―タルには、人間世界を化けて生きる事を望んでいます。

 

 そう、自分に仮面を被せたり、自分の体に鎧を着込んだりして、本心を隠して生きていたいのです。

皆が、人間って、そんなものでしょうが、自分が自分の正体が外側にばれるのに悔やむようならば、自分の素直な{{こころ}}に戻ってみる事なのです。

自分の現実に持っていない「「傲慢さ」」や「「自惚れ」」に、苦しんだ時には、本当の自分になって素直に丸裸になってみる事でしょう。

ここが、一番に大事な{こころ}}ですからね。

 どうぞ、「「顕在意識」」とは、それほどに巨大な{{こころ}}だと、当方は皆様方に伝えておきたいと考えます。

今までの学者とは、逆説の{{真実}}を論考しておきます。

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