<<病気の症状>>拒食と過食(追加編2)

 拒食と過食について、悩む人達ですね。

 よく、自分の心を知っていないのです。

 

 自分が、周囲の人達から美しく見られたいとか、賞賛を浴びたいとか、時には、社会が悪いとまで言う人達もおられますね。

自分の過食と拒食は、全て、{自分の眼前の人達や環境などが悪い}と自己主張します。

悩める人によっては、「社会が悪い」と言う人もいます。

自分の体と心の症状を、「相手が悪い、自分は悪くない」と言います。

相手が悪い、社会が悪いと言って、自分の心の{貧しさ}、{愚かさ}に気づかないのです。

 

 自分と相手と、どちらが、正しいかの{判断}、{判定}が出来ませんね。

そして、判断できない、分からない、分からないものは、とりあえず、そのままで<そっとしておこう>と言うのであれば、良い方ですね。

何時までも、相手が悪い、自分は真面目で素直な人間だと思っておられますね。

確かに、自分では、真面目で素直で何でも自分は正しいと思う訳です。

そうすると、自分の人生を生きるのが難しいですね。

心も体も、疲れます。

 

 一方で、見栄とか虚栄心とかを抱えて、{そんな心}に執着して離れられない人達が多いです。

どんなに、助言や注意をしても、執着心から離れる事が出来ません。

自分に人生を見る眼というか心というか意識というか、自分が人生で生きる道で迷っている事に気づかないのです。

{人生とは、何か??}、{自分とは、一体にどんな人間}か、などを考えないのです。

しっかりと、熟慮するべきなのですがね。

 

 要するに、拒食や過食の人達は、自分の生い立ちですね、過去から成長する過程にて、母親や父親に対して大変な量の心の葛藤を持っています。

ですが、この事については、自分の過去を振り返った人達でないと、無意識や潜在意識の心の世界を理解する事が出来ませんね。

余程の、境界例者でなければ、{心理療法}を受ける事で早く、拒食や過食の人達も治って行きます。

 

 当方も明確に、皆さんに伝えておきます。境界例者でなければ、簡単に治るものです。

拒食や過食の人たちは、人格水準が低いですね。

 人間が此の世を生きるのに、見栄や虚栄心や自尊心(細かく、心を見つめると自尊心よりも、他尊心の方が大切で・・)を捨て去る事だけなのです。

当方のこの言葉が、どれだけ理解できるかどうかが分岐点となります。

心は目に見えないから、皆が自分の心にも気づきません。

 

自分の過去を見つめる事で、全ての執着心から、開放されるでありましょう。

 

 拒食や過食も簡単に治る病気であります。

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