<<未分類>>記憶(追加編):海馬~側頭葉(1)

 人間が成長する段階で、沢山の記憶が積み重なってゆきます。

どんな記憶かって、簡単に表現すれば、「喜」・「怒」・「哀」・「楽」などとも言いますが、表現を変えれば沢山と出て来ます。

昨今の人間の記憶などは、色々と言われて、100%大脳の{{この場所}}にしか記憶は溜まらないなどとは、言えないようであります。

記憶と言えば、普通では{{こころ}}の事ですが、考え方によっては、肉体の損傷は{{こころ}}のみならず、体には確実に瘢痕を残す場合もあります。

体の表面だけでなくて、頭や胸や腹や四肢にしろ、手術で瘢痕を残す場合が沢山と有りますからね。

これも記憶の一つには、なるでしょうが!!!。

 

 眼に見えるものの記憶、耳に聞こえるものの記憶、臭いの記憶、味わいの記憶、肌の触れ合いのみならず如何なるものとの皮膚の感覚の残りも、記憶と言えば記憶になってゆくでしょう。

どのような記憶が、如何なる状況で何処に記憶されるかでしょう。

普通では、「海馬」と言われていますが、遠い昔の事柄は「海馬」から側頭葉に記憶が移って行くなどとも言われます。

だが、真実は明確にするのが大変に難しいようですね。

当方、随分と考えますが、どちらにしろ、「海馬」とか「側頭葉」とか言っても精密に計算されて蓄積されているものではないようですから、それは、それとして置いておきましょう。

 

 まだまだ、人間の能力や知性や力量や技術が、人間の{{こころ}}に蓄積する事柄には追いついていないのでしょう。

本当に、正確には、難しいものですね、{{{記憶}}}とは、・・・。

どんな記憶が、どんな様子で何処に蓄積されるのか明確にされれば、面白いでしょうが、真実に人間の「「記憶」」が綿密には大脳の何処に如何に残るのかは、不透明です。

普通は、記憶と言えば、{{こころ}}の事が多いです。

「「海馬」」だと言われていましたが、人間の知恵も時代によって変わるものですね。

真実に、人間の色々様々な「「記憶」」が大脳のどの部分で渦巻いているか、不確定ですよ。

 

 それにしても、人間の大脳の中の何処かに「「記憶」」は蓄積されていますから、何処に蓄積されていても、それらを上手に糸を解いてゆけば良いのです。

縺れた{{こころ}}の紐や糸を、綺麗に整理する事ですね。

何を思い出しても、喜んで生きる人間になる事が重要です。

過去に嫌いな事柄が有るから思い出だしたくないなどと、考えていると、自分の{{こころ}}は疲れてしまいます。

悲しい事も、惨めな事も、悲惨な事も、どんな事柄を思い出しても、俗に言うPTSDなんかにならなければ、大丈夫ですね。 

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