<<講演>>カウンセリングと内観療法5

 カウンセリングと内観療法の違いは、根本的に、人の心の「深層心理」にまで到達できるか、どうかでしょう。

人間の心を良い方へ変革するためには、どうしても彼等の{生い立ち}の心にまで遡らなければなりません。

{生い立ち}の心にまで遡っている積りでも、自分勝手な判断で<<自分の過去の心>>については、全て知っていると言っても意味がありません。

主観的な自己の{{洞察}}ではなくて、客観的な{{自己洞察}が出来ているかどうかが、問題です。

 

 主観的な過去の心の思い、客観的な過去の心の思い、そんな{{思い}}を自分で判断できる能力については、誰も皆が持っていません。

カウンセラ―もクライエント自身も、カウンセリングで<<真実なる心の底の世界>>を見るには、限界が有るものです。

カウンセリングしか行なっていないカウンセラ―には、理解できない心の世界が有るものですが・・・、当方は本当にその様に思っています。

カウンセリングを専門に行なっている方達にも、{{内観療法}}の体験だけはしておいて欲しいと考えます。

自分で体験しておくと、カウンセリングと内観療法の違い、潜在意識と無意識の心の世界を理解できるでしょう。

 

 カウンセリングを何年も続けても、心の「回向」・「再生」・「新生」、などは出来ないです。

極僅かに、変わったように見えても、案外と変わっていません。

それほど、カウンセリングを続けても、当人の心は深く見えて来ないし、自分の心を変えて人生を生きる事にしましょう、なんて無理です。

母と父について、明確に自分の心の関係を掘り起こしてみる事です。

カウンセリングにも、色々と工夫をして、「課題」もなくクライエントの思うがままに話をする場合と、「課題」を少し渡す場合などもありますが、こちらの場合の方が少ないでしょう。

カウンセリングでも、長期間にわたり続けていると、クライエントも同じ話ばかりを続ける事も起こって来ます。

そう、クライエント自身が、何を次に話して良いか分からないですね。

 

 面接者である心理士は、クライエントの考え&話に「共感」して「妥協」して「受容」してあげるのが、<<鉄則>>です。

絶対にクライエントに助言や意見や説教をしてはいけないと思っております。

一度でも、助言とか面接者の意見や気持ちを伝えると、「心理療法」は、終わりになる可能性があります。

クライエントは自分の心が病んでいても、自分の考えに納得してもらいたいものです。

クライエントの心が間違っていても、「共感」するべきです。  

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