<<投書>>{投書・続1}

妹が産まれてからはなおさらで、自分は家族にはいらない人間だと、ずっと思っていた。慣れとは本当に怖いもので、いつしか部屋にとじこもることが普通だった。

誰からも愛されていない、もう死のう。そんなことを考えていた中一のとき、私は産みの母親と再会した。

立派に育ってくれて、ありがとうと、涙を流す母を見て、自分は何てことをしようとしていたのだろうと、自分を恥じた。

私を愛してくれる人がいる。

ただそれだけで、人は生きることができる。

私はそう学んだ。

でも、死のうと思うことがなくなっただけで、あとの生活になんら変わりなんてなかった。

しょっちゅう母に反抗していたし、ケンカもたくさんした。

私は悪くない。周りがおかしいと、本気で思っていた。

自分が内側からどんどんくずれていくことに、気付かず・・・。

つまらない毎日から逃げるように、私は自分を傷付けていった。

冷静に物事を考えることが、もはやできなくなっていた。

そんな状態になる程、私はギリギリを生きていた。

 自分は間違っていない。

変わらないのなら、もういいじゃないかと諦めていた。

放っておいて欲しい。

それが私の一番の願いだった。

ただ自由に生きていきたかった。

どうせ、何の価値もない人生なのだから・・・と。

 しかし、そうではなかった。

自分を傷付けたとき、私の周囲の人達は、本気で私を怒った。

本気で私を心配した。

同時に、本気で私を愛してくれていると知った。

自分を傷つけることで、周りも傷つくということを、私は知らなかった。

私には、何もかもをひっくり返す程の価値があるのだと、知った。

私が一番私を大切にしなければいけないのに、私が常に私を苦しめていた。

幸せになりたいと言いながら、自分で幸せを逃がし続けていたのだ。

それに気付いた、その瞬間に、私の中に私が存在していないことに気付いた。

 

<<所長より>> 今回は、上記まででした。

また、この次を(閲覧文)として、掲載していきます。

皆様方には、「心理療法」の大変に凄い{{世界}}が、理解できて来るでしょう。

日本人って、案外と自分の{{心}}について知っていないし理解できていません。

自分の{{心}}の世界を知る事で、人生が気楽になる事が分かるでしょう。

絶対に、間違いありません、ね。

次回を、期待しておいて下さいませ。     

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