<<家族・親子>>親と子(続編)5

 「三つ子の魂、百まで」と、何時も言っています。

この事は、皆さんが昔の言葉だと思って、案外と信じないのですね。

でも、これは、人間の発達する段階で「「人格」」がつくられると考えれば、間違いなく「「立派な言葉」」ですよ。

唯、聞いていただけでは、理解困難な<<心の世界>>でしょう。

 勿論、数え年で言っていますから、2歳までの魂と言えますが、子供達が<<幼い時から、心・性格・人格>>はつくられていくという事です。

 

 勿論、2歳、3歳までで、全ての人間の心がつくられるのではありません。

その後、6歳~9歳~12歳~15歳~18歳~21歳~などなどと、心・性格・人格はつくられていきます。

人間の生い立ちの中で、成長する過程での{{心の葛藤}}が蓄積されていきます。

「固着」とも言われていますが、大人になってからの日常生活において、過去に大脳奥深くの海馬に蓄積された{{葛藤}}が「会話」と「行動」と現在の「心」を操作しています。

大人になってから、「事件」や「犯罪」など起すのも、全ての生い立ちの心の葛藤ゆえにでしょう。

 

 人間の親和性と言うか、此の世を一人で生きるのではないですから、誰かと嫌々でも<お付き合い>して生きるしかありません。

その{{嫌}}かどうか、悲しみとか苦しみとか嘆きとか劣等感とか妬みとか嫉妬とか、自分の{{心が正しいか間違っているか}}などなどの判断ができないと駄目です。

自分の心の判断をするのが大事だと伝えても、自分の{{心}}を判断する能力や力量が無かったら、何もできませんよ。

自分の醜い過去を隠そうとしながら{{善人}}ぶって生きるところに、逆に、人間の「愚かさ」と「醜さ」を気づかないと駄目なのです。

過去を記憶する自分の海馬に、現在の{{心・意識→顕在意識}}で風呂敷を被せても、逆に、心の「葛藤」は溜まるだけなのです。

 

 自分の本当の「姿」を隠して生きる、皆の前で自分の「姿」と「心」を化けて生きるのは、本当に{{愚か者}}だと気づくでしょう。

自分の{{心}}を見つめる「心理療法」を体験する事によって、真実の自己、真実の{{心}}を知るものです。

人間世界を生きるのに、「「あるがままで、生きる」」、「「本当に化けないで、あるがままに、生きる」」のです。

それ程に、人間は周囲の皆様に<<良く見られたい>>と考えながら生きる癖があります。

「「見栄」」・「「虚栄心」」などなど、一生懸命に抱えて生き様とします。

金銭や名誉にしても、全ての人間の欲望(こだわり)を捨てることのできる人間になる事、{{人間本来、無一物}}ですし、黄泉の浄土へは何も持って行けませんし、「己を知る心理療法」を体験する事です。  

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