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<<未分類>>記憶(追加編):海馬~側頭葉(1)

2010 年 10 月 4 日 月曜日

 人間が成長する段階で、沢山の記憶が積み重なってゆきます。

どんな記憶かって、簡単に表現すれば、「喜」・「怒」・「哀」・「楽」などとも言いますが、表現を変えれば沢山と出て来ます。

昨今の人間の記憶などは、色々と言われて、100%大脳の{{この場所}}にしか記憶は溜まらないなどとは、言えないようであります。

記憶と言えば、普通では{{こころ}}の事ですが、考え方によっては、肉体の損傷は{{こころ}}のみならず、体には確実に瘢痕を残す場合もあります。

体の表面だけでなくて、頭や胸や腹や四肢にしろ、手術で瘢痕を残す場合が沢山と有りますからね。

これも記憶の一つには、なるでしょうが!!!。

 

 眼に見えるものの記憶、耳に聞こえるものの記憶、臭いの記憶、味わいの記憶、肌の触れ合いのみならず如何なるものとの皮膚の感覚の残りも、記憶と言えば記憶になってゆくでしょう。

どのような記憶が、如何なる状況で何処に記憶されるかでしょう。

普通では、「海馬」と言われていますが、遠い昔の事柄は「海馬」から側頭葉に記憶が移って行くなどとも言われます。

だが、真実は明確にするのが大変に難しいようですね。

当方、随分と考えますが、どちらにしろ、「海馬」とか「側頭葉」とか言っても精密に計算されて蓄積されているものではないようですから、それは、それとして置いておきましょう。

 

 まだまだ、人間の能力や知性や力量や技術が、人間の{{こころ}}に蓄積する事柄には追いついていないのでしょう。

本当に、正確には、難しいものですね、{{{記憶}}}とは、・・・。

どんな記憶が、どんな様子で何処に蓄積されるのか明確にされれば、面白いでしょうが、真実に人間の「「記憶」」が綿密には大脳の何処に如何に残るのかは、不透明です。

普通は、記憶と言えば、{{こころ}}の事が多いです。

「「海馬」」だと言われていましたが、人間の知恵も時代によって変わるものですね。

真実に、人間の色々様々な「「記憶」」が大脳のどの部分で渦巻いているか、不確定ですよ。

 

 それにしても、人間の大脳の中の何処かに「「記憶」」は蓄積されていますから、何処に蓄積されていても、それらを上手に糸を解いてゆけば良いのです。

縺れた{{こころ}}の紐や糸を、綺麗に整理する事ですね。

何を思い出しても、喜んで生きる人間になる事が重要です。

過去に嫌いな事柄が有るから思い出だしたくないなどと、考えていると、自分の{{こころ}}は疲れてしまいます。

悲しい事も、惨めな事も、悲惨な事も、どんな事柄を思い出しても、俗に言うPTSDなんかにならなければ、大丈夫ですね。 

<<未分類>>「記憶」15

2010 年 10 月 1 日 金曜日

 地球全体の国々自体が、過去の「記憶」を中心に動いています。

政治、経済、宗教、諸々の物事において、他国を意識しながら、自国を優先にしておりますから、世界は永遠に<平和にはなりません>ね。

自分達の国が、たまたま、運良く<<恵まれた状況にある時>>は、他国に不満を持つような考え方はしないのですが、運悪く不況の状態や貧困に陥ると、他国に不満を持ってしまうし、更に、過去まで遡って他国に<恨み>まで持ち始めます。

人間個人のみならず、人間集団の心でさえ、「過去」→「現在」→「未来」へ、或いは、「未来」→「現在」→「過去」へと、心が動きます。

 

 全ては、人間の【【幸福】】は、その人達の<<心次第>>です。

一般庶民には、国々の政治や経済や宗教に関わる事は出来ません。

そのような社会情勢の中で、せめて周囲の人達も含めて自分が【幸福感を感じ取る能力】が持っているか、どうかでしょう。

仮に、そんな考え方をした人達が居なかったら、改めて、自分の心の考え方を点検し、自分の心・人格を良い方へ改良しておくべきでしょう。

どんなに、金持ちになっても、地位や名誉があり、有名になっても、本来的な自分の心&人格を良い方向へ変革させる事は出来ません。

自分の心、生い立ちから自分が、<どんな人間で育って来た>かなどを強力に地固めではありませんけれど、そうすることです。

 

 自分の心を強固にするために、自己の深層心理を明確にしてから、己の過去の「記憶」をしっかりと受け入れておくこと、即ち、自分の過去の様々な出来事に{{{感謝}}}できる自分であることが、最大に重要です。

過去に【【【感謝】】】をしていると言っても、断片的に{{{感謝}}}では、駄目です。

そうであると、断片的には、【【【感謝】】】をしていない時期が有る訳です。

その{{{感謝}}}をしていない時期、この時期が<<現在の自分の心>>を気づかないうちに強迫して自分の今の心を痛めます。

 

 何度も繰り返しますが、一度だけ聞いたのでは、なかなか、皆さんの頭に入りません。

 全ての人達は、自分の過去の<生い立ち>に【【【感謝】】】と自分では言う人も居ますが、自分では理解できていません。

また、こんな話を伝えてもらって、聞いただけでは理解できません。

一度限りの人生、二度と生まれ変わって来る人生ではないです。

可能であれば、嘆かないで、苦しまないで、悩まないで、自分の人生を楽しく生きる事が大切ですね。

自分のみならず、周囲の人達も、皆が幸福な人生が良いですね。

今の自分が「幸福」かどうかは、自分の「過去」次第です。

過去は、人の「「「記憶」」」ですね、人生で最大に重要です。

<<未分類>>「記憶」14

2010 年 9 月 29 日 水曜日

 今は、人間個人の「記憶」について話を述べたのですが、人間全体の「記憶」も大変ですね。

小さな?地球上で、沢山の国々がありますし、沢山の政治家、宗教家、沢山の科学者、沢山の実業家、各種の芸術家、各種のスポ―ツ選手、沢山の国々の置かれた状況、豊富な土地&貧困な土地、様々な国々があります。

全ての人の「過去」と同じく、全ての国々の「過去」がありますね。

歴史の中で、他国から迫害を受けたり、運良く何事も無かったような国もあるでしょう。

過去の歴史の中で他国から<<迫害>>を受けたような国々の人達は、その相手の国に対して何時までも{不満}、{恨み}、{怨念}などを持ち続けます。

 

 後世になって、少しの保障をしたくらいでは、なかなか昔の<<迫害>>を忘れてくれません。

この迫害されたと、いう過去の「記憶」は、永遠に消えて行かないと考えた方が本当のようです。

どの辺りになったら、どのくらいの年月が経てば、この迫害された「記憶」は消えるのか、普通では消えないものですが、人間って面白いのですね。

それなりの見合った【【保障】】を頂けば、【【迫害感】】は小さくなって行きます。

但し、相当の<<見返り>>が無いと、自分達の{{迫害された気持ち}}は解けて消えてしまわないものですね。

 

 国々でさえ、このような人間団体や集団の【思い】なども、そうなっています。

各人間の集団や一国の人々の大脳の海馬にも、国の皆が迫害を受けたという「記憶」が入りこんで、記憶が蓄積しています。

誰も、この蓄積された過去のマイナスの「記憶」を、簡単に忘れてくれませんから、大変に、国々の和解も難しいものです。

500年、1000年、或いは、2000年が経っても心の和解や解決が出来ませんよ。

小さな地球上の、各宗教、宗教団体の動きを見ていれば、理解できるでしょう。

 

 宗教では、常に、自分達が真実に<<正しい>>のだと、相手の宗教は間違っているから、絶対に近づいては駄目だと言います。

まして、人間個人の頭の海馬にも、全ての心の葛藤や思いも植えつけられています。

その蓄積された海馬は、個人でさえも簡単には消えていきません。

当方から見れば、地球って小さい物体、小さな塊ですよ。

何処からの視点で、地球を眺めるかにもよります。

人は訓練をして、自分の{{眼差し}}を自分の体から離して遠くまで持って行く事が出来るのが重要です。

「「第Ⅲの眼」」とも言いますが、この「眼」は非常に大切です。

でも、そんな小さな地球で、人間達が<<争い事>>で生きています。

<<未分類>>「記憶」13

2010 年 9 月 28 日 火曜日

 私は、幸せな人間です、なんて言いながら、集団生活で暮らしていますと、現実には、変な風変わりな人間が沢山と居ます。

でも、現実に、自分は真面目で優秀な人間だと自負している、人達が見られます。

多くの人達の一部の人ですが、自分の過去の記憶を取り戻せない人も居ます。

何時も、「記憶」が不透明な人や、時折にですが、T・P・Oなどを変えて、一部の「記憶」だけが飛び出して来るのです。

典型的な二重人格や、また、境界例人格障害の人達では明確に、顕著に見られます。

マイナスの過去の「記憶」のみは、見事に出て来ます。

特別な人ではなくても、よく観察すると、日常生活でも格別に見分けがつきますよ。

 

 グループや会社の集団の中で<おとなしい人、格別に眼につかないような・・おとなしい人>、或いは、反対に何だか何時も<大声を出している人>など、色々な人達が居ます。

彼等に、自分の過去を手繰ってもらいますと、「記憶」が継続して出て来ないですね。

バラバラに断片的に「記憶」が思い出されて来るのです。

彼等に、過去の大事な心の部分をですね、継続的に「記憶」の回想をお願いしても、さっぱりと無為なのです。

心、性格、人格、俗世間を生きるには何処かに、<<何らかの問題が生じます>>が、自分達は他者から教えられても気づかないので、凄く困ります。

 

 当方が、長年月にわたり、「心理療法」に関わって来ていますが、それはそれは、異常な人格の人が出世して、会社の上司などで居ますと、部下は物凄く苦労します。

会社のみならず、世の中で多くの人達で特別に出世している人達、公務員も含めてですね、俗世間の人達の生き様と社会の苦労を知りませんので、他者の気持ちを理解できません。

俗に、ワンマンと言われる人でも、様々な人格の人達が居ます。

相手の話を全然と、耳で聞こうとしない人達で、自分で話をするだけ、これも、辻褄の合わない話をして、自分は喜んでます。

話を聞く相手側は、全くと楽しくも可笑しくもないから、話を聞くだけでも疲れます。

政治家や官僚や大きな会社の社長や専務などが、そんな人達では、本当に部下は<<大変な辛い思いをして苦労している>>でしょう。

 

 自分の過去の「記憶」を明確に連続的に体得している人達の方が、部下は居心地が易いです。

己の過去の心の見える人、「「懺悔」」できる人がトップにいると、その人の集団やグル―プの中では、側で過ごす皆は集団の中で心の葛藤は少なくてすむでしょう。

人間の人格の成長には、深層心理・潜在意識・無意識の過去も「記憶」が大切です。

「過去の記憶」→「現在の記憶」→「未来への記憶」へ動きますが、「インタ―ネット心理療法」の体験で「未来の思い込み」が「現在の記憶」と「過去の記憶」を強迫しないように出来ます・・人の{{苦しみ悩む原因・会話・行動}}をも無くせるものです。

真実は、「過去」が最重要で、過去の「固着」を消去ですね。

<<未分類>>「記憶」12

2010 年 9 月 15 日 水曜日

 人は誰しも年老いて行きますが、最後には必ず、人生の「終着」がやって来ます。

各種の癌、脳血管障害、各種心臓病、などが、三大死因の病気ですね。

このような病気を患って、最後は、肺炎とか心不全、摂食障害、などの諸々の付随した病気で亡くなっていかれます。

それなりに、まだ、認知症になっていない場合や、「死」の恐怖や苦痛を抱えたりして、苦しんでいる人達も居ます。

或いは、認知症状が強く「死」への恐怖が少ない人達も居るでしょう。

40歳代、50歳代、60歳代などの人達が、癌性病変で侵されて<<死が近づいて>来るし、体の疼痛は激痛などとなって来ますと、如何に心が立派に形成されているといえど、{生}と{死}の狭間で心は千路に揺れてしまうでしょう。

 

 人生は、唯、唯、一度限りの{命}ですね。

二度と、この俗世間に帰って来る事ができる人は、誰一人居ません。

考え方によっては、非常に寂しいもので、孤独そのものですね。

日頃から、{人生とは、何か???}、{自分の存在とは、何か???}、{自分って、どんな人間なのか???}、などと、しっかりと確認しておく事が大切です。

人は、自分の事、他人の事、「死」の事、生・老・病・死、など全部を理解していると答えますが、頭で理解しても駄目で、全ての事柄を体で理解できないと、結局は<あまり意味が無い>事になってしまいます。

そう、頭で理解した事柄は、十分に役立たない事が多いです。

 

 眼前には、自分の「死」が迫っています。

死にたくない、死にたくない、などと嘆きながら、悲しみながら、一定の時間を過ごすうちに、最後は{{消滅}}して此の世から消えて姿を失ってしまうのです。

孤独で、痛みを、激痛を、寂しさを、嘆きを担いで、一人の時空の旅が続きます。

此の世から、消滅した後は、一体に何処へ行くのでしょう。

今、医療の世界でも、ホスピスとか緩和ケアとか言って、癌で苦しむ人達への援助をします。

ですが、どんなに、援助を受けても、癌の激痛に対して麻薬の投与、注射や飲み薬を投与されても、絶対に安心して気持ち良く安らかに、人は自分の「死」を迎えて受け入れていけるだろうかと、問われると大変に困難な質問だと思います。

 

 癌で死ぬ時は、出来るだけ年老いて<癌に罹ってから>死んだ方が{{楽}}でしょう。

それは、年老いていけば、それなりに、全ての感覚器が感受性の程度が落ちていきます。

癌性病変によっても、随分と疼痛や激痛は異なっています。

時には、目前の{楽しみ}だけを見つめるのではなくて、人の人生の{行く末}まで見つめて、その上で、自分のできる限りの事柄を成し遂げる事が最大に重要でしょう。

人には、一番大事な心があり、「記憶」が最重要ですから、自分の過去は<良好な過去>にして、誤解の無い「記憶」にしておきましょう。